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2015東京女子大学東日本大震災復興支援ボランティア活動報告


プログラム概要

日程2015年8月2日(日)~5日(水)
場所岩手県大槌町
主催ボランティア・ステーション


2日(日)

10:36 東京駅発
13:41 新花巻駅着
16:00 宿泊先:マリンランド陸中(岩手県立陸中海岸青少年の家)入所式(オリエンテーション)
19:00 ミーティング、合唱の練習


3日(月)

8:45 ミーティング
9:30  「ぬくっこハウス」にて清掃ボランティア、ハンドベルコンサート、合唱、レクリエーション
13:30 第4仮設団地で合唱の練習、「お茶っこの会」
19:00 ふりかえりの会、ミーティング


4日(火)

9:00 第4仮設団地でコンサートのリハーサルと準備
11:30 ショッピングセンター「シーサイドタウン・マスト」にて「第4仮設合唱団・東京女子大学 ハンドベルクワイヤフェリーチェ合同サマー・コンサート」開催
13:00 第4仮設団地にて昼食交流会
15:00 第7仮設団地でハンドベルコンサートと交流会
18:00 第4仮設団地で「夏のお楽しみ会」開催


5日(水)

10:00 特別養護老人ホーム「三陸園」でボランティア、ハンドベルコンサート、合唱、レクリエーション
12:00 「復興商店街」にて各自昼食
18:06 新花巻駅出発
21:12 東京駅着 解散


震災が起こった2011年の夏から続けている復興支援ボランティアも5年目を迎えた。
大槌町への訪問は6回目となった。例年、大槌町からバスで一時間ほどかかる遠野市に宿泊の拠点を構えていたが、今年度初めて大槌町の隣町の公営施設を使用することができた。例年予約で満杯だったその施設が利用できたことは予想外だったが、それは今まで訪れていたボランティアの人数が減ってきているという証拠でもある。


親しく交流を続けさせて頂いている「大槌町小鎚第四仮設団地」の方々とはすっかり長いお付き合いになり、リピーターとして参加した学生たちに「あら、髪型が変わったのね」などとおっしゃってくださりながら今年も歓迎してくださった。元々、高齢者の多い仮設団地は、体調のすぐれない方々や、入院をされた方々も多く、一緒に活動してきた「小鎚第四仮設合唱団」の皆さんも少しずつ人数が減ってきている。しかし、お聞きするところによると第四仮設の入居者数は変化しておらず、他の仮設から引っ越してくる方々もおられるということだ。また、復興住宅に当選されて引っ越しを待っておられる方、ご自分で新たな土地を購入され家を建てた方、土地のかさ上げ工事が終わるのをこれから十年近く待ちながら自分の土地に帰りたいと思っておられる方々と様々な帰路に立たされておられる。そのような状況の仮設の皆さんには、かつての和気あいあいとして協力しあっておられた、ある種の活気のようなものは薄れてきているように感じた。しかしそうであるからこそ、私たちはこれからも訪問を続けて行きたいと思わされた。夕方から行った「夏のお楽しみ会」では、「夜の寂しい時間に、たくさんの若い人たちの声が響き渡っているなんてそれだけでうれしいね」と口ぐちにおっしゃっていた。


今年は例年になく、大槌町も猛暑だったため、学生たちも時に体力的にも厳しい3日間であったと思う。今年もキャンセル待ちの人が出るほどまだまだ復興支援ボランティアに関心を持っている東京女子大学の学生たちの熱意に今後も応えていき、大槌町のみなさんと顔と顔とあわせた交流を通して応援の気持ちを表していけたらと願っている。
城倉 由布子 (キリスト教センター宗教主事)



参加学生の感想


T.R.さん (日本文学専攻3年)

T.R.さん (日本文学専攻3年)

今年のボランティアはハンドベルクワイヤとしての最後のボランティア活動でした。大槌町に行くのも3年目なので、私たちはもちろんですが第4仮設住宅の皆さんも私たちのことを覚えていてくださっていて、「去年は髪の毛長かったよね?」などと声をかけてくださりとても嬉しかったです。


東京女子大学キリスト教センターが主体となって去年から第4仮設の方々と一緒に行っているものとして「夏のお楽しみ会」というものがあります。夏のお楽しみ会は小さい子やおばあちゃんたちに楽しんでもらおうという目的で行っていて、花火をしたり、光るおもちゃをポイで金魚のように掬うゲームや、ヨーヨー釣りなどお祭りにあるような遊びが出来たりします。今年から水鉄砲と水風船が遊び道具として追加されたため、子どもたちと更に触れ合えるようになりました。


また、一昨年ボランティア活動で知り合った小学生の子と2年ぶりに再会することができました。現在中学2年生になっていて、とてもしっかりした子に成長していました。その子も夏のお楽しみ会に来てくれたので、水風船を投げ合ったりして一緒に遊ぶことができました。


このように内容が盛りだくさんだったので時間はあっという間に過ぎてしまいました。夏のお楽しみ会は私たち学生が、小さい子やおばあちゃんたちに楽しんでもらおうという目的で行った行事ですが、逆に私たちが凄く楽しませてもらいました。しかし、学生が浴衣の着付けに苦戦しておばあちゃんたちに手伝ってもらっているとき、着付けを手伝ってくださっているおばあちゃんたちも嬉しそうで、一段と若々しく見えました。「夏のお楽しみ会」は学生も仮設の方もみんなが楽しめる行事なので、是非今後も続けていってほしいと思います。


K.S.さん(日本文学専攻2年)

K.S.さん(日本文学専攻2年)

今回のボランティアで最初に訪れたのは、ぬくっこハウスでした。ハンドベル演奏、合唱後に「すごく良かったよ。元気をもらえた」と笑顔で答えて下さり嬉しかったです。その後、一緒に大槌ぴんころ体操をしました。おじいちゃん、おばあちゃん達が伝統ある踊りを披露して下さったり、太鼓を叩いて下さったりしました。去年よりも活動的な姿を見る事ができました。この写真は、ぬくっこハウスから帰る時に友人が撮ってくれたものです。前回と同様に窓から手を伸ばして「ありがとね。また来てね。」と握手をして下さいました。この瞬間に、本当に来て良かったな。と強く感じました。これからも私達の訪問が少しでもおばあちゃん達の笑顔に繋がればいいなと思います。


K.S.さん(日本文学専攻1年)

K.S.さん(日本文学専攻1年)

私はボランティアに参加するのは、今回が初めてだったので実際に岩手に行くまでは楽しみに思う気持ちと同時に、不安もありました。岩手に着いてみると山や森、川などに囲まれた大自然が広がっていて、海はとても綺麗で、こんなのどかな空間がテレビで見ていたような惨状になっていたとは信じられませんでした。しかし震災の爪痕はまだ残っていて、海沿いの柵が大きく歪んでいたり、まだたくさんの人が仮設住宅で生活していたり、辺りは盛土ばかりで、思っていたよりも復興作業が進んでいない事を知りました。特に印象に残っているのは2日目に見に行った役所です。当時テレビで見た事はありましたが、テレビで見るのと実際に見るのとでは全く違いました。私が考えていたよりも役所から海までの距離は遠く、役所は大きかったです。この役所が全て波に飲み込まれたと現地で想像してみると、実際の規模を肌で感じる事ができ、とても恐ろしかったです。また、役所の中を外から少し見ることが出来たのですが、亡くなった方がそこにいたという赤い印があってそれを見た時には、より震災を現実のものと感じて怖かったです。やはりニュースで見るのと実際に被災地に訪れてみるのは全く違いましたし、被災地と他の場所では復興についても温度差があると感じました。


ボランティアの内容は、ハンドベルの演奏と合唱、第四仮設の皆さんとスーパーで一緒にコンサートをしたり、特にお年寄りの方達とお話をする機会が多くありました。震災の時の話をして下さる方もいましたが、どういう言葉を返せばいいのかわからず、反応に戸惑ってしまうこともあり、むしろ気を遣わせてしまうこともありました。私はこの4日間、皆で歌を歌ったり、ゲームをしたり、お話したり、花火をしたり、とても充実していて、岩手の皆さんに逆に楽しませて頂きました。私がボランティアに行って被災者の方達のために出来た事は本当に少ないけれど、一番大切なのは今回感じた事や見たもの、まだ被災者の方達は闘っているという事を忘れないでいる事だと思います。年々ボランティアをする団体が減っていますが、まだまだ復興作業は終了してないので、私も出来る限り来年からもボランティアに参加したいと思いました。


O.Yさん(心理学専攻1年)

O.Yさん(心理学専攻1年)

このボランティアに参加して、特に印象に残っていることが3つある。


1つ目は、2日目に見た大槌町役場あとだ。この建物を見て、津波の被害の大きさというのがとても感じられた。また、ここで津波を受けて亡くなった方を発見したところには赤で丸がされており、非常に多くの人が亡くなっていることを実感した。また、その周りの風景を見ると、まだ盛り土をしているような状態で、復興が自分の想像以上に進んでいなかったということにも驚いた。


2つ目に印象に残っていることは、第4仮設の人と一緒にマストで行ったコンサートである。これでは、1階の席のあるところだけではなく、2階3階からも見ている人がいて多くの人にハンドベルの演奏と合唱を聞いて頂けて良かった。特に印象に残っている曲は、第四仮設の人だけで一番の歌詞をうたった「故郷」である。この曲のときに見ている人のなかにも一緒に歌っている人がいて、会場が一体となっているような感じを受けた。


3つ目に印象に残っていることは、第4仮設で行った夏祭りである。このときは、本当に多くの方に参加して頂けた。少しの時間だけでも楽しんで頂けているようだったので良かった。第4仮設の合唱に参加されていた方も夏祭りに参加しており、ヨーヨー釣りや金魚すくいみたいなものなどを楽しまれている様子が見られ、私もうれしくなり元気をもらった。


今回ボランティアに参加してみて、報道などで見るものと自分で行って感じるものが全然違っているということに気付かされた。まだ復興が進んでいないところも多く、報道される量が少なくなったからといって復興が進んでいるというわけではないということを実感した。このことを、他の人にも伝えていかなければいけないと感じた。また、復興を進めている地域の人たちは、元気にやっているという感じを受け、私ができることを考え行動していくことが大事だと感じた。来年もボランティアに参加できるなら、参加したいと思う。


T.S.さん(コミュニケーション専攻1年)

T.S.さん(コミュニケーション専攻1年)

東日本大震災が起きた時、私は中学3年生だった。テレビで人や家が流されていく様子を見て、こんな事が本当に現実で起こっているなんて信じ難かった。今この瞬間にも命を落としている人がいるのに自分は何も出来ないということが、とても歯がゆい気持ちだったのを覚えている。時が経ち高校生になってからも東北までボランティアに行くのは難しく、募金をするにしても高校生が出せる金額はほんの僅かしかなかった。なので私は震災が起きてからずっと大学生になったら絶対に東北へボランティアをしに行きたいと思い続けており、今回ようやく行くことができた。


4年も経っているため瓦礫はほとんど撤去され、以前家があったはずの場所には何もなかった。ただ平地が広がっているだけで予想以上に何もないので、本当にこの場所には人が住んでいたのか信じられないほどだった。しかしその平地の中に一つだけ震災当時のまま残っている建物があった。旧役場である。窓ガラスが割れ鉄骨が折れ曲がり、建物の中も壁や天井が無くなり鉄骨がむき出しになっていた。テレビで瓦礫の山や崩壊した建物は何度も見たことがあったが、実際に見るととても衝撃的だった。平地を見ているだけではあまり実感が湧かなかったが、旧役場の建物を目にすると一気に「この場所で人が津波によって亡くなった」ということが生々しく感じられた。


ボランティアをして関わった人たちは「元気をもらった」と言ってくださったが、東京に帰ってきた今、私には何が出来るのだろうか。直接的なことは出来なくても何か出来ることがあるなら、継続して続けていきたいと思う。