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「学長室から」No.27(2020年8月17日)

残暑お見舞い申し上げます。--『安井てつ伝』を読みました。


 大学は、11日から一斉休業となりました。私も休暇をとらせていただいております。したがって今号は正確には「休業中の学長室から」になります。
 写真は6号館北側にある本館への渡り廊下横に咲くサルスベリです。サルスベリは「百日紅」とも書きますが、その字のとおり、猛烈な暑さをもろともせず、百日も満開を続けるかの勢いで咲いております。
 学生のみなさん、これまでとは全く異なる方式での学びを終えて迎えた夏休みはいかがでしょうか。学期中は、これまで以上に多くの課題が与えられているとアンケートにありましたが、期末レポートを受け取ったある先生が、「今年は優秀なものが多い」とおっしゃっていました。それほどにみなさんが頑張ったということです。学生・教職員のみなさんの「東女力」を改めて感じさせられました。みなさんは否応なしにICT社会で生きていくことになります。この度のことを貴重な経験としてください。大学も、新しい教育方法や大学運営に生かしていきます。


 この休暇中、私は安井てつ第2代学長の伝記『安井てつ伝』(青山なを著、東京女子大学同窓会発行)を読みました注)。先生は、1918年の本学開学と同時に学監となり、新渡戸稲造初代学長(1920年から国際連盟事務次長に就任)を支え、1923年11月から17年間、学長の任にありました。私は、先生の全生涯を通して読むことは初めてでしたが、感ずるところがあった二つを紹介します。


1)学長就任の抱負。学長就任式は、1924年6月、移転したばかりの井荻の新校舎で、献堂式に兼ねて執り行われました。先生は、「創立当時定めた方針と同様である」と断りながら四つの抱負を述べます。


  •  第一は、キリスト教主義に基いて人格教育に重きを置くこと、第二は、学生の体育に特に重きを置くこと、第三は、学校にLiberal Collegeの特質を有(も)たしむること、第四は、学究的生活と社交的生活との調和を図ること

第一の「人格教育」について、先生は以下のような説明を加えます。


  •  個人および国民の有する最大資産は人格であると信じます。しかして最も崇高なる人格を理想とし、これに同化せられたいという憧憬と努力とによって、品性の陶冶はなさるるものと思うのであります。このごとき憧憬をもつときは、自ら生活の標準が高まり、かつまた人間のなかに最も尊い『クオリティース』を認め得るようになると思うのであります。しかしてこの認識が他人の人格の尊重の根本となり、また教育の出発点となると思うのであります。教育者はこれによって学生の人格を尊重し、彼らとともにこのsupreme teacherのもとに自己の修養を怠らぬでありましょうし、学生もまた最も真面目なる態度において学究に従事し、intellectual aristocracyとして満足するばかりでなく、noble characterの持主たることを喜ぶのであります。

 「崇高な人格への憧憬」、「品性の薫陶」、「学生の人格の尊重」。これらは、先生が口にした本学の学風でもある「サムシング」の核となっている言葉のように思われます。本学「教育の出発点」です。
 第三の「Liberal Collegeの特質」については、「Collegeにはprofessionalな性質をもつものと、liberalな性質を有(も)つものとがあります」とし、


  •  甲(注、professionalな性質をもつもの)は直に教育の結果を予想し、乙(注、liberalな性質をもつもの)は最善なる結果を将来に収めんがために、その基礎となるべきものを重大視するものであります。甲は教育の近路(ちかみち)を通り、乙は迂回(うかい)するのであります。我が国における教育上の欠点の一つは、速成教育を施すことであります。これが教育の効果のあがらぬ一(いち)の原因ではないかと思うのであります。私は当校に対しては学問上この廻(まわ)り遠い路(みち)を取りたいと思うのであります。

と説明しています。
 「基礎となるべきものを重大視」し学問上の「廻り遠い路」は、本学が建学以来堅持してきた本学のリベラル・アーツ教育です。それが、変化を生み、変化に対応する力となります。ただ、先生は他方で、「professionalな」教育として、教員資格取得のための課程認定にあたる「中等教員無試験検定」認可に尽力されました。


2)特設科。1933年頃から、アメリカ生まれの2世の特別生が入学するようになりました。その数が十名近くになり、満州国人が入学を希望し、中国人が入ってくるようになったそうです。先生は、「特設科」を設けて受け入れることを提案しました。今でいう留学生特別コースと思われます。反対意見が出ます。先生は、


  •  手数がかかるの、迷惑をかけるだのとは何というけちな考えかと思う。学生も学生だ、ああいう人達がいて自分達の勉強が進まないなんて何という利己的なけちな考え方であろう。ああいう人達がいることによって初めて学び得る幾多のことがある。またああいう人達を助けてやっていくところに意味があるではないか。

と言います。「語気鋭く顔色も蒼(あお)ざめたようにみえた」と書かれています。
特設科は、先生の学長退任後、1941年に設置されました。「先生の学生に対する愛は、外国人の学生に対しても同様に働く人類愛であった」と、特設科設置に関する記述は結ばれています。「先生の社会正義と同性に対する切なる愛は、東亜の女性全般におよぶ視野の広さと、気宇(きう)の豁達(かったつ)さと、自立自尊の毅然たる自重心とをもっていた」ことは、40年以上も前のイギリス留学最後の手紙にうかがえることだとも書かれています。「東亜の女性全般におよぶ視野の広さ」をもって女性の地位の向上に取り組むことは、東京女子大学創設以来の重要な任務なのです。


 「休業中の学長室から」にしては重い内容になりました。私自身、建学理念の源流の岩間から流れ出る冷たい水を手に掬い、思いを新たにさせられました。この夏休み、みなさんもものごとの源流を訪れ涼気を満喫されてはいかがでしょうか。


注)引用に際しては、読みやすさを考慮して、用字を改め、読み仮名を補った箇所があります。


6号館北側にある本館への渡り廊下横に咲くサルスベリ