


人文学科
#問いに対する対談コラム
伝統文化と聞くと、「難しそう」「敷居が高そう」と感じるかもしれませんが、そんなに構える必要もなければ、意外なところで現代のエンターテイメントにつながっています。それが今も多くの人が劇場や寄席に足を運び、歌舞伎や落語を楽しんでいる理由の一つともいえそうです。ここでは歌舞伎を研究されている光延真哉先生と本学の客員教授でもある落語家の柳亭左龍師匠に、それぞれの視点から伝統文化の魅力や現代文化に通じる楽しみ方を語っていただきました。

光延 真哉
人文学科 日本文学文化専攻 教授

柳亭 左龍
落語家、東京女子大学 客員准教授
私は時代劇の好きな子どもで、よく近所の子どもたちと一緒に、印籠を出して周りが「ははーっ」と頭を下げる『水戸黄門』ごっこをしていました。小学校高学年になると『鬼平犯科帳』を見るようになって、池波正太郎の作品を読んだりしていました。
『鬼平犯科帳』といえば、私は中村吉右衛門さんがナレーションを務められていたドキュメンタリー番組を見て、「すごい人だ」とゾワッとしてドラマを見始めました。そこから池波正太郎にハマったのですが、いきなり共通点が出てきてうれしいですね。

歌舞伎を見るようになったのは大学入学後です。高校3年生の時、過去問に坂東玉三郎が出てくる文章があり、国語の先生から一回は玉三郎の生の舞台を見ておきなさいと言われました。その言葉を思い出して玉三郎を見に行ったのがきっかけで歌舞伎にハマりました。
演目は何だったんですか。
『俊寛』※1です。最後に廻り舞台がガーッと廻って、九代目松本幸四郎(現・白鸚)が演じる俊寛が一人取り残されるという演出があり、度肝を抜かれました。もちろん廻り舞台という装置自体は江戸時代からあって、私が歌舞伎であのような演出をすることを知らなかっただけですが、初めて直に歌舞伎を見て「古いものの中に実は新しいものがある」という出会いをしました。

私は大学に入学し、なぜか落研に入って寄席に通っていました。そんなある日、柳家小さん師匠の『笠碁』※2という噺を聞いてすごい衝撃を受けたんです。落語会が終わって寄席を出たことは覚えているけれど、そこからちょっと意識が飛んだようになって、気づいたらバイト先にいました。これをきっかけに柳家小さん師匠に弟子入りを考えましたが、年齢的に弟子を取らないとおっしゃるので、直弟子の柳家さん喬師匠のところに入門しました。
※1『俊寛』:時代物の人気演目の一つ。作者は近松門左衛門。『平家物語』を題材にした全五段の『平家女護島』のうち、現在主に上演されるのが平清盛へ謀反を企てた罪により鬼界ヶ島に流された俊寛らを描く第二段で、通称『俊寛』と呼ばれる。最後、俊寛が一人島に残り、遠ざかる赦免船を見送るシーンが一番の見どころ。
※2『笠碁』:囲碁の好敵手である老人二人が対局中に口論になり、喧嘩別れしたものの、やはり対局したくなり、雨の日に仲直りする噺。笠碁の「笠」は日差しや雨を防ぐ菅笠のこと。古典落語の演目の一つで、もともとは上方落語だったが、江戸落語としても広く演じられ、滑稽話を得意とする五代目柳家小さんが得意とした。
「伝統文化=何か古めかしいもの」という印象を持つかもしれません。しかし、温故知新という言葉があるように、実は現代人にとって新しいもの、刺激を受けるものがいっぱいあるはずです。
歌舞伎と落語は江戸時代の二大大衆芸能です。昼間ヒマな人は歌舞伎を見に行き、夜ヒマな人は落語か講談に行く。つまり、どちらも江戸時代の娯楽として発展したもので、江戸庶民の気持ちに寄り添ったものを作ってきたところがあります。その江戸時代に始まったものがほぼ今の東京の生活につながっていることがたくさんあります。例えば、数年前から夏バテには甘酒がいいと言われるようになりましたが、江戸時代の人たちは夏バテ防止で甘酒を飲み、身体を冷やすためにところてんを食べていました。
歌舞伎の『弁天娘女男白浪(通称「白浪五人男」)』では、「稲瀬川勢揃いの場」で5人の盗賊が名乗りをします。あれがゴレンジャーなど戦隊ものにつながっています。プリキュアやポケモンのロケット団などでも名乗りがありますが、ほとんどの人は元ネタが歌舞伎だと知りません。知らず知らずのうちに歌舞伎の要素がDNAのように現代文化に入り込んでいるのです。
人の気持ちという点でも、江戸時代と今はそんなに変わっていないと思います。特段意識していないけれど、今の私たちも持っている日本人らしさのようなものがなんとなく出来上がったのが江戸時代で、それを反映させた芸能として落語と歌舞伎が庶民に寄り添って一緒に育ってきた感じがします。

江戸時代も今も人間が発想することはそう変わりません。お気に入りの歌舞伎役者の絵は、現代で言えば推しのグッズと同じで、人々は楽しんで買っていたし、「成田屋!」「中村屋!」など大きな声で役者の屋号を声掛けする「大向こう」のあり方は、アイドルのライブでのコールや、サッカー観戦でサポーターが歌うチャントと似ています。江戸時代の人は現代人が音楽フェスに参戦するような感覚で芝居町に繰り出して行っていたのではないかと考えています。
伝統文化と現代文化に線を引こうとすると難しいですね。古典落語と新作落語も境目が混ざっていて分けられません。強いて言えば、新作落語でも5~6人の落語家がやるようになれば古典落語の域に入ります。
歌舞伎もいろいろ新作歌舞伎がつくられ、上演されています。例えば『ワンピース』が歌舞伎化されましたが、主人公はゴム人間で腕が伸びるという設定です。それを歌舞伎でどう表現するかとなったとき、アナログ的に腕をいっぱい出したんです。また、遠いところにいる人物が小さく見えるのを、物理的に体の小さい子役を使って表現する「遠見」と呼ばれる演出が行われたりもします。このアナログな表現が歌舞伎の味わいになり、リアルではないけれど、歌舞伎という様式的な枠組みを通すと、違和感なく感じられてしまうという不思議な効果があります。
三遊亭円朝の噺は古典落語の名作だと言われますが、出したときは新作落語で「こういうのをつくったんだよ」と売り出したわけです。今も新作落語はつくられていて、現代が舞台で、携帯電話も出てくれば、飛行機にも乗ります。もうやりたい放題で、ちょっとやりすぎかなという気もしますが、今も昔も落語家がやれば伝統芸能になります。でも、そうでない人がやればアマチュアの楽しみの域を出ません。

もう一つ、伝統芸能の良さは、同じ演目をいろいろな人がやることです。人によって演じ方が違いますから、同じ作品でも楽しみ方が変わってきます。また繰り返し見ることで自分の理解も深まってくるし、役者の芸の善し悪しにも気づけるようになります。そこは映像作品のような一回限りのエンターテイメントとは大きく違う部分かなと思います。
落語は口伝の文化だから、古い言葉が残っています。死語といわれる言葉もいっぱい出てきます。私の場合は、筋からわかるだろうと直さないことが多いし、差別用語もそのまま使ったりします。決して相手をバカにしているわけではなく、言い換えるとニュアンスが違ってきます。落語家はそういう言葉が持っている色というか匂いを大事にしていて、口伝で受け継いでいます。
今のお客さんに合わせる方法もあると思いますが、そうすると、これまで培われてきた大切なものが失われてしまう側面もありますよね。だから、守るべきところは守り、変えるべきは変える、としっかり区別する必要があるでしょう。わかりやすいものを求めるのが今の世の中の流れですが、だからといってむやみにお客さんに合わせる必要はなく、お客さんの方も勉強できるような仕組みを工夫することが大切だと思います。それは大学での勉強も同じで、しっかり勉強すれば、もっと高みに行け、見えなったものが見えるようになってきます。アイドルのコールだって、サッカーのチャントだって、確かに覚えるのはちょっと大変かもしれませんが、覚えたら楽しさが格段に違います。よりレベルの高いところに行くためには、やっぱり勉強はしないと。

守破離は落語家が一番大切にしている言葉です。最初に噺を覚えるときは、師匠から三遍稽古という方法でネタを教わります。昔はレコーダーもなく、師匠がやるのを聞いて一言一句、間違えないように覚えます。だから最初は習った人の匂いがプンプンしているんですが、やりこんでいくと途中から自分の匂いに変わっていきます。
学術の世界でも先生から論文の書き方を教えてもらいます。最初は書いたものを指導されたとおりに修正し、ある意味、先生の型を真似て書いていくのですが、いつの頃からか自分で書けるようになっていきます。
やはり基礎は大事です。二つ目の終わり頃だったでしょうか、師匠に稽古をお願いしたら、もう基礎ができているし、ちゃんとしゃべれるようになっているから本で覚えてやっていいと言われました。あれはうれしかったですね。
落語家さんの守破離は芸に限らず、どんな分野にも通じるものです。社会に出たらまず先輩に仕事を教えてもらって、それを守る。徐々にやり方を変えていって、自分ならではの方法を編み出していく。まずはきっちりと教わったことを守るところから何事もスタートします。そんな姿勢を大学で身につけてもらえればと思います。
