「知のかけはし」対談 Vol.01
地方創生のヒントは
「江戸時代」にあり⁉︎
光延真哉教授/現代教養学部 人文学科 日本文学専攻
矢ケ崎紀子教授/現代教養学部 国際社会学科 コミュニティ構想専攻
2024年度からスタートする授業「知のかけはし科目」。この科目は、学問領域の違いを越えた対話や議論を通して思わぬ視点から意見が飛び出す、言わば「セレンディピティ」を重視しています。専門分野が異なる教員がタッグを組み、教員も学生もオープンな姿勢でひとつの授業を展開していくー。この新たな試みに先駆け、この対談記事では、2名の教授がひとつのテーマについて共に向き合い思考を広げていく様子をお届けします。
初回は、江戸文学や歌舞伎について研究を深める光延先生と観光政策や観光地域づくりにおける実務経験を数多く重ねてきた矢ケ崎先生をお迎えし、それぞれの知見を元に地域が活性化する方法について意見を交わしました。
話者プロフィール
現代教養学部 国際社会学科 コミュニティ構想専攻
矢ケ崎紀子教授
現代教養学部 人文学科 日本文学専攻
光延真哉教授
目次
- 地方創生のヒントは「江戸時代」にあり!?
- 旅行会社の原型は、江戸時代に既にあった!?
- 今も昔も、経済を回すテーマパークという形態
- 外部の視点を受け入れることが大事
- 行く場所ではなく、帰る場所にしていく
地方創生のヒントは
「江戸時代」にあり!?
矢ケ崎教授
今朝起きた瞬間に「今日は江戸だ!」と思って、お話させていただくのを楽しみにしていました。よろしくお願いします。
光延教授
ありがとうございます!異ジャンルの先生とお話するタイミングがなかなかありませんから、こういう機会はいいですよね。
矢ケ崎教授
光延先生は、江戸時代の文学や歌舞伎が研究分野ですよね。その分野に興味を持たれたのは、なにかきっかけが?
光延教授
私は、子供の頃から時代劇が好きだったんです。小学生の頃に見ていた『鬼平犯科帳』では、主演の中村吉右衛門を見て、この人は他の役者さんとは何か違うな、なんて感じていました。そういうものが入口となって日本的なことに興味が深まり、大学では日本の歴史を学べるといいかなとなんとなく考えていました。
矢ケ崎教授
その時は、まだ歌舞伎には出会っていないのですね。
光延教授
大学に入って間も無く、高校時代の先生に「坂東玉三郎は一度観ておきなさい」と言われたのを思い出して、初めて歌舞伎を見た時に、「求めていたのはこれだ!」と思って。そこから歌舞伎一直線。昔の文献を辿りながら江戸時代の歌舞伎について研究を進めています。
矢ケ崎教授
私も歌舞伎は好きで、母に誘われたりして、たまに観にいくんです。ちょっとがんばって着物を着ちゃったりして。
光延教授
歌舞伎座に行くと、タイムスリップしたような感覚になりますよね。その頃からの延長線上で我々が同じようなものを体験できていると思うと嬉しくなります。
矢ケ崎先生が観光を研究テーマにするきっかけは?
矢ケ崎教授
私は、実務経験の中で観光が専門分野になったタイプ。大学を卒業した後は銀行に就職して、銀行のグループ会社のシンクタンクで企業経営のコンサルタント業務や、国や自治体による行政計画の策定に関する仕事をしてきました。
光延教授
なるほど。
矢ケ崎教授
2008年10月に観光庁が立ち上がる時に、民間で経験を積んだ人を課長にしたいという話になりました。できれば女性でお金の流れがわかる人がいいということで、その条件にうまくはまって、2年半に渡り観光行政のお仕事をさせていただきました。地域が元気になる手段として観光がいかに重要かがわかって、役所での任期を終えた後に、残りの人生は観光を専門にしていきたいと思うようになったんです。
光延教授
観光で訪れる場所として、特にお好きな地域はありますか?
矢ケ崎教授
京都には定期的に行きたくなりますし、冬になるとスキーをしに雪深い地域に足を運びたくなります。観光地域経営の研究やアドバイスのために、年に数回おじゃましている地域が全国に4、5箇所あるので結構忙しいのですが、仕事と旅を一緒にできるのが、観光を専門にする者の役得です(笑)。
光延教授
いいですね。私も、地方で学会が開催される時は、半分、もしくはそれ以上(笑)観光の気分です。特に印象的だったのは、香川県。金毘羅さんのところに金丸座という劇場があるんです。
矢ケ崎教授
劇場を持っている地域は、神楽や地芝居、農村歌舞伎とか、文化の蓄積がありますよね。素晴らしい観光資源だと思います。
旅行会社の原型は、
江戸時代に既にあった!?
矢ケ崎教授
ところで、江戸時代の観光事情はどうだったのでしょうか?
光延教授
江戸時代は、藩を超えた移動に許可が必要な時代。今のように簡単に観光できる時代ではありませんでした。そんな中でも流行っていた「伊勢参り」は、観光の先駆けと言えると思います。
矢ケ崎教授
やはり、神社仏閣への参詣が、観光の原型になりますよね。
光延教授
当時は、「御師(おんし)」と呼ばれる人がいて、江戸の街で伊勢暦というカレンダーを配ってお客さんを囲い込む営業をしたり、伊勢に行くまでのガイドをしたり。今でいう旅行会社のような職業が、この頃既に存在していたんです。
矢ケ崎教授
御師の存在は、私も観光を研究する中で知りました。江戸の人々に対して、旅の資金を貯めるためのレクチャーまでしていて、今の旅行会社よりも少し機能が強い印象があります。
光延教授
そうですね!
矢ケ崎教授
ガイドブックも当時からあって、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の中でも、弥次さん喜多さんがそういう書物を片手に旅するシーンが書かれていますよね。
光延教授
そうそう、旅用にコンパクトな判型の冊子も存在していて、そういうところは現代と全然変わらないんです。
矢ケ崎教授
でも、当時、御師という職業が成り立っていたのは、江戸の人々が旅先や旅程に関する情報をあまり持っておらず、情報の非対称性(一方だけが情報をたくさん持っていること)があったからですよね。
光延教授
現代はインターネットもありますし、チケットや宿も自分で取れてしまいます。自分でやった方がお金もかからないから、全部お任せするということは少なくなっていますよね。
矢ケ崎教授
情報技術が発展して、旅行会社の役目が減っているのだと思います。一方で、オンラインで得られる情報は発信者の都合が優先されているものもあるので、その情報収集だけで大丈夫ですか?という問題提起もしたくなってしまうのですけど。
光延教授
確かに、そうですね。江戸時代は、歌舞伎もいい席で見るためには、「お茶屋さん」と呼ばれる芝居茶屋を通すシステムがありました。今も相撲には残っているんですよ。芝居茶屋は、席を確保してくれるだけでなく、幕間には飲み食いしながら休憩できる場でもありました。当時は情報がない分、全部お任せして、その分お金は払いましょう、というゆとりみたいなものがあったのかもしれません。
矢ケ崎教授
現代も、ラグジュアリートラベルマーケットでは、トータルでお任せするという旅のスタイルが主流です。お金と教養をたっぷり持っている方を対象とした旅の形態で、その世界のプロフェッショナルはトラベルデザイナーと呼ばれています。小さい組織が多いですが、お客様から絶大な信頼を得て全てを任されている様は、江戸の御師の在り方に似ているなぁ、と思います。
今も昔も、経済を回す
テーマパークという形態
光延教授
現代の観光で最も成功しているのはどこだと思いますか?
矢ケ崎教授
歴史、文化、自然といった地域の資源を活用して観光振興に取り組むのが基本なのですが、新しいものをゼロから創って成功しているという例では、千葉県にある某テーマパークでしょうね。ひとつのコンセプトで徹頭徹尾、世界観を人工的に作り上げて、働く人も含めてそこへの愛でまとめあげていく。
光延教授
確かに、うまいですよね。
矢ケ崎教授
来場者は入場券含めて1万円以上のお金を平気で使いますし、一度訪れてもまた再び足を運びたくなる方が多い。ただ、施設の経営には知恵と工夫と財力が必要なので、完璧に真似するのは難しいですね。
光延教授
あの完成度はすごいと思います。統一感のある世界観の中にいろいろな建物やお店があるという意味で言うと、江戸時代にもテーマパークは存在していたと思うんです。
矢ケ崎教授
江戸時代にテーマパークですか!
光延教授
江戸時代に書かれた浅草寺の資料を見ると、今よりもずっと敷地が広大です。その中に、お寺はもちろんのこと、見せ物小屋があったり、参道にお店が立ち並んでいたり。ある種、テーマパーク的なものだったのではないかと思います。
矢ケ崎教授
なるほど。
光延教授
伊勢神宮も、内宮と外宮が少し離れたところにあって、その間にある古市(ふるいち)には飲食店や芝居小屋、遊廓なんかが立ち並んでいて。街全体でひとつのテーマパークと言えますよね。
矢ケ崎教授
確かにそうですね。江戸時代において神社仏閣への参詣は、伊勢参りほど遠くへ行かずとも、日帰り観光のような役割を果たしていたのではないかと思います。東京・両国にある回向院で行われる善光寺出開帳(でがいちょう)も、きっと人々が足を運ぶきっかけになっていましたよね。
光延教授
はい、出開帳=珍しい仏さんが来るっていうのは、今でいうと、モナリザが日本に来るみたいな感覚に近いと思います。普通だったら見ることができないものが期間限定で見れるっていう。
矢ケ崎教授
当時にしたら、究極の企画展示ですよね。
光延教授
それは足を運びたくなってしまいますよね。毎年夏に子どもと行く国立科学博物館の「恐竜博」と変わらないですよね。
矢ケ崎教授
発想が近いんでしょうか。
光延教授
例えば、現代ではアニメーションの『ONE PIECE』や『風の谷のナウシカ』を歌舞伎にして話題になったのですが、昔も『南総里見八犬伝』を歌舞伎にしているんです。
矢ケ崎教授
確かに同じですね。
光延教授
他にも知れば知るほど、江戸と現代は変わらないなぁと思うことがたくさんありますよ。
外部の視点を
受け入れることが大事
光延教授
江戸時代の伊勢参りとテーマパークには、ひとつ共通項があるような気がします。
矢ケ崎教授
共通項ですか!
光延教授
どちらも、たくさん歩くんですよ。江戸時代は、もともと交通手段が発達していませんから歩くしかない。だから、その途中で飲食をしたり宿泊したりするんです。その道中も含めて旅を楽しむことになりますよね。
矢ケ崎教授
確かに、テーマパークでもたくさん歩きますね。そして、お腹も減るからポップコーンを買って食べたりしますし。そうやって歩く中でお金を使うから、経済も回りますよね。
光延教授
今は、目的地に時間をかけずに行けてしまうので、点の旅。それに対して、歩きながらその途中途中の街も含めてトータルで旅を楽しむ江戸のスタイルは、面の旅と言えるのかもしれません。
矢ケ崎教授
実は、歩くということを目的とした旅のスタイルは、世界的に大きなマーケットが存在しています。日本では歩いて旅する楽しさを忘れてしまっている人が多いと思うのですが、日本にやってくる外国人旅行者の中には、中山道を京都から東京まで10日間かけて歩きたいとか、熊野古道を歩きたいと言う方も多いんですよ。
光延教授
歩くということがひとつのアクティビティであり、その体験が価値を生みますよね。
矢ケ崎教授
そうなんです。ちなみに、熊野古道とスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラというキリスト教の巡礼路は、どちらも道であり世界遺産で、姉妹提携をしています。両方を歩くと「共通巡礼達成証明書」が発行されます。今のところ、約4,000人の人が2つの道を歩いているんです。
光延教授
やはり、日本の観光はインバウンドが盛り上げてくれているということでもあるのでしょうか。
矢ケ崎教授
おもしろいことに、この熊野古道のインバウンド振興を支えているのは、熊野古道をこよなく愛している一人のカナダ人です。彼は日本に住み、本当に日本のことを好きになってしまって、和歌山県田辺市の観光地域づくり法人のプロモーション事業部長として活躍しています。
光延教授
すごいですね!
矢ケ崎教授
北海道ニセコ町はスキーやスノーボードをする海外の方にとても人気がありますが、ここもニセコを愛してやまない一人のオーストラリア人が発信し、自国のスキーヤー、スノーボーダーを呼びはじめたのがはじまりです。
光延教授
外からの視点が、いい効果を生むということですね。
矢ケ崎教授
観光地として地域が活性化するのには、昔からある価値を「新しい視点」で「再発見」して、その素晴らしさを伝えるのが重要だと思っています。良さを見つけるだけではだめで、訴求力のある形でターゲットに届けることが大事。そういう点で、住んでいる地域の人が忘れている日本の豊かさを、海外の方が気づかせてくれるということは大きいと思います。
光延教授
でも、そのためには、地域の人たちが外からの視点を受け入れる許容の幅みたいなものを持っていないと難しいですよね。
矢ケ崎教授
そうですね。江戸時代から人の往来が盛んだった街道筋の街や、養蚕や織物などの産業が盛んで商人が多く出入りしたような地域は、第三者の視点をスーッと自然に受け入れる傾向がある気がします。
光延教授
柔軟な地域性があると。
矢ケ崎教授
地域の方にそのあたりのお話しをお聞きすると、「昔からいろんな人が来ていたから」っておっしゃって。どちらかというと、そういうことを受け入れられる土地の方が、観光地づくりとしては伸びていく気がしています。
光延教授
人が来ればいいかというと、そういうことでもないですよね。観光地として何を成功とするかは難しいところだなと思います。
矢ケ崎教授
今は、地域がそれぞれに目標設定や何を成功とするかを考えましょう、と呼びかけています。どんな人たちに訪れてほしいのか、どんな資源があってどのタイミングで来てもらうとベストかなどを地域ごとにしっかり考えて、目標設定力を上げることが大事です。
行く場所ではなく、
帰る場所にしていく
光延教授
聖地巡礼も今流行っていますね。作家の出身地に文学館があったり物語にまつわる場所が観光地になっていたり、というのは昔からありますが、昨今ではアニメーションもまた文学の範疇に入ってくるのかなと思います。
矢ケ崎教授
おっしゃる通りですね。アニメーションや漫画の力はとても強いので、それを活用しない手はないと思います。
光延教授
秩父なんかは、いくつかのアニメ作品の聖地巡礼の場所として盛り上がっています。実は、東京女子大学も細田守監督の『時をかける少女』に出てくる校舎のモデルになっていますし、そういう意味で当校を知ってくださった方もいらっしゃるかもしれませんね。
矢ケ崎教授
アニメの聖地巡礼として、今までになかったおもしろい形で成功している場所があります。『ガールズ&パンツァー』という作品の舞台になった茨城県の大洗です。一度その地を訪れるだけでなく、何度も足を運ぶファンが増えているという珍しい成功例です。
光延教授
なぜ、何度も足を運ぶようになったのでしょうか?
矢ケ崎教授
この作品は、かわいい女子高生たちが戦車を使った武道「戦車道」の活動として、街の建物を壊しまくるというストーリーです。その舞台が、実在する大洗の商店街そのままなので、街に足を運べば、「ここのお店が壊されたのか!」とか街を見て楽しめるわけです。
光延教授
舞台がまんま実在している、というところが魅力のひとつなんですね。
矢ケ崎教授
でも、他の聖地巡礼と異なるのは、商店街の人たちがファンの人たちをおもしろがって受け入れていると言う点です。ノリがいいんですよ。
光延教授
受け入れる体制があると。
矢ケ崎教授
「うち、ここ壊されたんだ!」みたいなことをお店のおじちゃんが語ったり、店内に表示したりしていますし、ファンが訪れると一緒になって盛り上がったりして。
光延教授
一緒に楽しんでいるところがいいですね。
矢ケ崎教授
そうやって、ファンの方たちが定期的に商店街の方々に会いにくるようになり、自分の地元で買えばいいような日用雑貨までこの商店街で買って帰るようになって。商店街の人たちからしたら、ファンの方たちは孫のような存在ですし、ファンの方たちからしたら、大洗は第2の故郷のような感覚になっているようです。
光延教授
行く場所というより、帰る場所になったわけですね。
矢ケ崎教授
旅先のリピーターになる要素として挙げられるのは、そこでしか食べられない「食」、行くたびに上達する「アクティビティ」、そして会いに行きたい「人」なんですよね。
光延教授
一人ひとりの魅力というのはもちろんあると思いますが、一度訪れた人の心を掴むには、コミュニケーション力も重要なのかもしれません。
矢ケ崎教授
そうですね。私は、東京女子大学の学生たちにも、この学生生活の中で教養や人間力を身につけて、将来、人と人とを繋ぐような、そういう女性たちになってほしいな、なんて思いながら授業をしているんです。
光延教授
素晴らしいですね! 私もそうであったらいいなと思います。
矢ケ崎教授
話題が尽きずに、あっという間でした。光延先生とお話しして、あらためて江戸は近いんだなぁと思いました。少し前に東京都の観光のブランディングをお手伝いしたのですが、NY、ロンドン、パリに負けない東京のブランド力を突き詰めていくと、「江戸」に行き着くと改めて思いました。今日の光延先生とのお話をお聞きして、これからの観光を広く考えていくためのヒントを沢山いただいた気がします。ありがとうございました!
光延教授
私も、専門分野が異なる矢ケ崎先生とひとつのテーマでお話しできて楽しかったです。こういう機会は刺激的でやっぱりいいですね。ぜひ、またお話ししましょう!