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東京女子大学

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AIに置き換えられない人格を-東京女子大学卒業式 学長告辞

Tue.

学長告辞

卒業生のみなさん、おめでとうございます。オンラインでご覧になっているご父母の方々にも、お祝いを申し上げます。

卒業式にあたって、私の小さな思い出をお話しします。私がこの大学の学生だった頃、「国際交流会」がもたれました。行って見ると、最初に出てきたのは、「アメリカのパンケーキ」でした。私は、アメリカに留学経験があったため、すぐに食べました。そのパンケーキは、本当に美味しかったです。そのあと、「日本のお好み焼き」、「中国のチャーハン」など、様々な国の料理が出てきました。私は、この大学でこんなにも多くの国の文化を経験することができて、本当に幸運だと思いました。卒業生のみなさん、これまで東京女子大学で学んだことを活かし、自分らしい人生に向かって、どうぞ羽ばたいていってください。では、卒業おめでとう。
。。。という今日のこの式辞は、わたしが書いたものではありません。誰か他の人が書いたものでもありません。これは、人間ではなく、AIが書いたものです。みなさんもお聞きになったことがあるでしょう。ChatGPTという、無料の対話型オンラインソフトです。

最初に名前やメールアドレスを登録し、どういう文章を作ってほしいかを入力すると、すぐに答えが返ってきます。わたしは、東京女子大学ではじめて卒業式の式辞をお話するので、みなさんに最高のはなむけの言葉を贈りたいと思いました。そこで、こう頼んでみました。「学長が卒業生に向けて話す式辞を、面白いエピソードを入れて作ってください。」

するとこのAIは、インターネット上に存在する膨大な情報を、瞬時にかき集めます。わたしが東京女子大学の学長であることも、その中に含まれていたのでしょう。アメリカに留学していたことも、どこかで見つけたのかもしれません。東京女子大学の学生が国際交流に興味をもっていること、しかも、食べることにとても興味をもっている、ということもです。

もちろん、間違っていることもあります。AIは、わたしがこの大学の卒業生であると推定しています。わたしの名前から、間違った判断をしたのかもしれません。みなさんは、わたしが最初に話したとき、すぐにおかしいと気づいたでしょう。そんなことは、誰でもすぐにわかります。でも、その誰にでもわかる簡単で当然のことが、コンピューターにはわからないのです。

あるいはそれは、AIが進歩すれば、克服されるかもしれません。このソフトは、現在も開発中です。これからますます精度を高めてゆくことでしょう。AIの専門家は、これまで人間が築き上げてきた文化の大部分が、コンピューターでできるようになる、と推測しています。文章ばかりではありません。音楽も作曲できるし、絵も描けます。ゴッホのような絵、ピカソのような絵も、注文通りに描いてくれます。

しかし、本当にそう言えるでしょうか。先ほどの式辞で、わたしがいちばん駄目だと思ったのは、それがまったくつまらない話だという点です。わたしは、「面白いエピソードを入れて」作ってほしい、と頼みました。出てきたのは、ちっとも面白くない話です。これでは、わたしの代わりをすることはできません。おそらくそれは、今後どんなにAIが進化しても、できないでしょう。面白い話は、話す人がそれを面白いと思っているから面白いのです。面白い話には、話をする人格が必要で、個性が必要です。

みなさんが卒業後に出会う世界は、これからますますデジタル化してゆくことと思います。その技術を学ぶことも大切ですが、もっと大切なのは、その技術を扱う人間です。あなたという存在、あなたしか作ることのできない関係。あなたしか語ることのできない言葉。時代が進めば進むほど、大切になるのは、あなたという人間の個性であり、人格です。

みなさんは、今日からは本学の卒業生です。何かを始める時、何かをやり遂げた時、人びとは、みなさんが東京女子大学の卒業生であることを知ります。これから本学で学ぶ後輩たちが、そして世の中の多くの人が、みなさんを見て、あんな人になりたい、と憧れをもつような人。そういう人になっていただきたい。

誰も、AIのようになりたい、と憧れる人はいません。AIのような知識をもちたい、と思う人はいるかもしれません。しかし、先ほどの例からすると、そういう人はとてもつまらない人間だろうと思います。どれだけたくさんの知識があろうとも、人が憧れるような個性や人格にはならないのです。

聖書でイエスが弟子たちに教えたのは、「地の塩、世の光」となることでありました。人が憧れをもつのは、必ずしも派手な人生を送っている有名人ではありません。その人しかもっていない味があること。自分に与えられた役回りをきちんと果たせる人。他人の真似をしたり、一般受けのよいことばかりを言ったりする人ではありません。

この大学が創立以来求めてきたのは、世間の評価に惑わされることなく、自分で自分のあるべき姿を思い描き、それに向かって努力を続ける人です。それを聖書は「地の塩、世の光」と呼んだのです。

願わくは、人生の新しい扉を開くみなさんが、本学で学んだこと、過ごした日々、培った交わりを大切にして、それぞれの道を、確信をもって歩み進めることができますように。神の絶えざる祝福と見守りをお祈りいたします。
卒業、おめでとう。


東京女子大学 学長
森本あんり