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東京女子大学

歴史

1900

プロローグ

世界中の国が参加する万国博覧会が開催されていたパリ。この街で、万博の審査委員として滞在していた新渡戸稲造と、第二次の女子官費派遣留学生としてイギリスで学び、帰国の途にあった安井てつは出会いました。日本の女子教育の必要性を早くから示唆し、『Bushido:The Soul of Japan(武士道)』を前年に書き終えたばかりの新渡戸と、差別のない高等教育を日本の女子に与えたいという思いを強めていた安井。初対面にもかかわらず「スピリツチュアル・フレンドに相成り」「二十年以来の胞友のごとく」と安井が友人への手紙に記すほどの運命的な出会いでした。

その10年後、エディンバラで開催された世界宣教会議において、アジアにキリスト教主義の大学を設立することが提案されました。これが後に、東京女子大学設立の原点となりました。

1918年〜 1923

東京女子大学の誕生「アジアにキリスト教大学を」

東京女子大学は、1918年に北米のプロテスタント諸教派の援助のもと、新宿角筈の仮校舎でその一歩を踏み出しました。初代学長 新渡戸稲造、初代学監 安井てつ、そして初代常務理事には1915年から設立に参画していたA.K.ライシャワーが就任しました。日本では女性が高等教育を受けることが一般的ではなかった時代に、女性に門戸を開き、キリスト教の精神に基づいたリベラル・アーツ教育を開始しました。

東京女子大学開校式(1918年4月30日) 檀上に立つ初代学長新渡戸稲造

角筈の校舎

教室を離れて屋外で授業が行われることも

遠足でのひとこま(1921年頃)

1924年〜 1939

理想をかたちに

1924年、角筈の仮校舎を出て、大学は活動の場を井荻(善福寺)の地へ移しました。新進気鋭の建築家A・レーモンドに設計を依頼し、何もない土地に一つ一つ必要な建物を立て、理想のキャンパスを造り上げていきました。
本館やチャペル・講堂など文化庁登録有形文化財でもある建造物群は、全てこの時期に造られたものです。
学問の府ともいえる本館(図書館)の正面、仰ぎ見る壁面には、新約聖書「フィリピの信徒への手紙」からの一節がラテン語で「QUAECUNQUE SUNT VERA」と刻まれました。「すべて真実なこと」。真理探究という学問の真髄が掲げられたのです。

建設の進む東京女子大学。チャペル・講堂はまだありません(1931~35年頃)

キャンパスの緑は、学生が中心となって結成した植樹グループ「杜の会」の努力の結晶(1929年頃)

国文学の授業風景(1937年頃)

正門が整備された頃のキャンパス風景(1927年頃)

1940年〜 1945

戦時下の東京女子大学

太平洋戦争の勃発は、東京女子大学にも大きな影響をもたらしました。授業は大幅に削減、学生たちは勤労奉仕に動員、修業年数も短縮され、学内の建物も軍需工場として使われました。
今も変わらぬ姿で親しまれている本館、チャペルなども空爆を避けるためにタールで黒く迷彩を施されました。また戦時中は時局柄、本学のキリスト教主義に対する風当たりは大変厳しいものでしたが、幾人もの学生や教職員により支えられ、本学のキリスト教主義に基づく教育は守り受け継がれました。
敗戦からひと月後、卒業式が行われその翌月から平穏な二学期が始まりました。

帰校日のチャペルでの礼拝(1945年)

西校舎(7号館)教室で軍服のボタン付けを行う学生(1942年)

帰校日の授業。教室が使えず外で。

外国人教師と教室にて(1940年頃)

1946年〜 1987

新制大学として

第二次世界大戦終結の翌年、1946年の東京女子大学のクリスマス礼拝は日本放送協会により録音され、ラジオ第一放送で全国に流されました。平和な時代の到来です。
そして、まもなく学制が改変されると、本学もいち早く新制大学として再スタートを切りました。研究室の整備、東京女子大学学会の発会、比較文化研究所の設立、学科の増設と大学院の発足など学究的な性格をより濃くし、女子に最高の教育を与えるという建学以来の理想を実現していきます。
また、併設された短期大学部ではその後牟礼の地において、文理学部と同様、リベラル・アーツ理念に基づく教育が行われ、アカデミックな短期大学として高い評価を得ました。

新制大学認可の祝賀もかねて催された、創立30周年記念行事(1948年5月)

研究室、自然科学実験室が竣工し、理科系の授業が充実しました(1951年頃)

新制大学発足期の学内の様子(1951年10月頃)

講堂で行われた今も続く「メサイア」の第一回公演(1955年)

英文タイプの授業。当時から国際感覚の育成に役立つ英語を目指しました(1966年)

東京オリンピックで通訳として活躍した学生たち(1964年10月)

短期大学部のあった牟礼キャンパスのチャペル

1988年〜 2017

創立100周年に向けて

1988年、短期大学部を改組し、現代性・学際性・国際性をキーワードとする現代文化学部を牟礼の地に設立しました。その後、1997年の善福寺キャンパス統合を経て、2009年には、建学以来本学が行ってきたリベラル・アーツ教育を一層充実させるため、従来の2学部を現代教養学部一学部に統合・再編しました。
2003年度以降、教育の質保証のための取組みを進める中で、本学のリベラル・アーツ教育の伝統と特色を生かした教育プログラムを複数開発。これらの取組みは、文部科学省の教育改革支援プログラムにも採択され、現在も改良を加えながら継続して実施しています。
2015年度には留学・海外体験の促進に関する数値目標を設定。現在に至るまでに、交流協定の推進や語学研修プログラムの拡充、奨学金の拡大、留学支援専門員の配置等を実現しました。2016年度には協定校の数値目標を達成、英語圏のみならず、アジア・欧州の大学との交流も加速しています。

2018年〜

現在、そして未来へ

東京女子大学は2018年に創立100周年を迎えました。創立からの願いである、一人ひとりが自分らしく自由であるためのリベラル・アーツ教育を継承しつつ、現代社会における教育への祈りも受け入れ、これからも変化を恐れずに日本の女子教育をリードしていきます。