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ファスト教養の流行る時代に-東京女子大学卒業式 学長告辞

Thu.

学長告辞

卒業生のみなさん、おめでとうございます。オンラインでご覧になっているご父母の方々にも、お祝いを申し上げます。

今日この場に集っておられる方の多くは、2020年の春に入学されたことと思います。思い返すと、それはたいへんな年でありました。4月に緊急事態宣言が発令され、学校には登校できず、慣れないオンラインの授業になりました。地方から入学した人の中は、そのまま自宅待機となり、大学に入ったという実感をもつこともなしに、夏が来て、秋になり、冬になり、ただいたずらに月日が過ぎていった、という方もおられると思います。ほんとうに誰も経験したことのない、困難な日々でありました。それだけに、今日こうして無事にこの日を迎えられたということには、深い感慨をお持ちのことと思います。
ちょうどその頃、公開された映画があります。『花束みたいな恋をした』という題の映画です。菅田将暉と有村架純という二人の人気俳優が出演しているので、ご存じの方も多いでしょう。映画の中の二人は、文学や音楽など、共通の趣味がきっかけで知り合い、多摩川沿いに家を借りて、楽しく一緒に暮らします。しかし、学生であるうちは何も怖くなかった二人も、やがて卒業の時を迎えます。お互いの親から、社会人として責任をもつように言われた二人は、生活費を稼ぐために就職して仕事を始めます。

彼の方は、もともと美術大学に通っていて、イラストレーターを志していました。しかし、結局それではお金を稼ぐことができず、一般企業に就職をして、営業にかけずり回るようになります。以前は好きな文学や映画の話をして楽しんだ二人だったのに、仕事で疲れ果てた彼は、話しかけられても返事ができません。本屋に入って手に取る本も、ビジネスでいかに成功するかを書いた、自己啓発書やハウツー本ばかりになってしまいます。

みなさんもお気づきのことと思います。最近は本屋さんに行きますと、店頭に並んでいるのは、こういう種類の本ばかりです。「5分でわかる何々」「あらすじで読む古典」。昨今では、誰もが教養の大切さを知っています。だが、教養を学ぶには時間がかかる。だからそれを手っ取り早く身につけたい。それが、ファストフードならぬ「ファスト教養」と呼ばれる現象です。

あの映画は、実はファスト教養のことを扱った映画なのです。もともと本や映画や音楽が大好きだったのに、生活のために働くようになった彼は、そういう時間をもつことができなくなり、やがて二人の間に溝ができてしまいます。彼女のために精一杯働こうとする彼の気持ちも、切ないくらいよくわかります。

ファスト教養に頼ること自体が悪いわけではありません。でも、余裕のなくなった彼を突き動かしているのは、結局のところ、「男は働いて金を稼ぎ、女はのんびり家で本を読む」という考えなのです。あれほど教養や文化に親しんできたはずなのに、結局彼は昔ながらの男女観や結婚観に戻ってしまい、そこから自由になることができない。ファスト教養は、そういう哀しい男性を作ってしまいます。

東京女子大学は、106年前の創立時から、一貫してリベラルアーツの学びを掲げてまいりました。4年間にわたってみなさんが学んできたのは、付け焼き刃でない教養です。本屋に行って手っ取り早く身につけられるものではなく、時間をかけて自分のうちに蓄えられたものです。本学の学生が、読解力・思考力・表現力において大きく成長していることは、他大学と比較した数字でも明らかになっています。それらはみな、どんな仕事をするにも必要な、現代人の基本的な知的能力です。みなさんは、自信をもってこれからの人生を歩き始めてください。

ただし、リベラルアーツの学びは、大学の4年間では終わりません。むしろ、これからが勝負です。映画の中で二人の人生が分かれたのも、卒業後のことでありました。卒業してからも、自分の知りたいことを見つけて、学び続けることの楽しさを知っている。みなさんの中には、そういう心の態度が養われています。

教養とは、いろいろなことを知っている博識のことではありません。流行やトレンドを敏感に取り入れることでもありません。むしろ、世間の人が何と言おうと、自分が大事だと思うことを見つけて、それを大切にすることです。たくさんの本を読み散らすことではなくて、ほんの数冊でいい、何度読み返しても面白い、何度読んでも学び直すところがある、そういう価値のある本を見つけることです。それが、人間の軸をつくり、芯をつくるからです。自分のうちに、物事の善し悪しや好き嫌いを判断する土台ができる。それが、本学で学んだリベラルアーツの成果です。

最後に一言。自分で物事の判断基準をもつということは、自分の周りにある常識や慣習と違う判断をすることもある、ということです。いたずらに波風を立てる必要はありません。妥協できるときは、譲りましょう。でも、どうしてもこれは譲れない、と思う時も、長い人生にはいつか来ることと思います。女性としての尊厳や平等な権利を守ることも、その一つです。世の中の大勢に、世の中の男性に、従っているだけでは、日本の現状を変えることはできません。

その時、思い出してください。本学が創立以来掲げてきた「すべて真実なこと」という聖書の言葉を。この世におもねることなく、時代に流されることなく、みずからの信ずるところに従って、「すべて真実なこと」を貫く。それが、東京女子大学の誇りある卒業生の姿です。

みなさんの行く手に、神の祝福と見守りをお祈りいたします。卒業、おめでとう。