人生を変えた女性学との出会い
自分の世界が大きく揺さぶられ、一瞬にして今までの価値観が覆される——そんな学びを体験したことがある。入学後、女性学の授業を履修した時のことだった。
高校生の時からLGBTQに関心があった。とはいえ、当時の私は海外や歴史、理系分野も同じくらい好きだった。そんな私にとって、入学後も多方面に興味を広げながら学べるリベラルアーツはとても魅力的だった。それに、東京女子大学にはジェンダーに特化して学べる副専攻制度が用意されているから、専門と並行して学べるかも——そんな思いで進学した私が、今では女性学の研究者を目指している。
「ゲイ(男性同性愛者)よりレズビアン(女性同性愛者)のほうが低い地位に扱われる風潮がある」。さっそく受講したジェンダー・女性学副専攻の授業でそう聞いた時には、大きな衝撃が走った。“LGBTQ”と“それ以外”ではない。LGBTQという中にも、“男性”と“女性”で差が存在していたのだ。
思えば、地方で生まれ育った私は、日常生活の中で男女に対する固定観念に疑問を抱くことがあった。それは声を上げて向き合うべき事柄だったのだ。当事者として、まずは女性が直面している問題をきちんと知らなければと強く思った。
それからはさまざまな女性学の授業を履修した。月経、妊娠といった女性の身体の仕組みやそれを取り巻く社会制度を学んだ「性と生命(セクソロジー)」。野球の応援にチアガールがいる理由、昔甲子園の優勝校に少女歌劇団を見る特権が与えられていた歴史など、アイコンとしての女性の扱われ方を学んだ「女性とジェンダーの歴史」。どれも新しい発見があり、刺激的だった。
高校生の時からLGBTQに関心があった。とはいえ、当時の私は海外や歴史、理系分野も同じくらい好きだった。そんな私にとって、入学後も多方面に興味を広げながら学べるリベラルアーツはとても魅力的だった。それに、東京女子大学にはジェンダーに特化して学べる副専攻制度が用意されているから、専門と並行して学べるかも——そんな思いで進学した私が、今では女性学の研究者を目指している。
「ゲイ(男性同性愛者)よりレズビアン(女性同性愛者)のほうが低い地位に扱われる風潮がある」。さっそく受講したジェンダー・女性学副専攻の授業でそう聞いた時には、大きな衝撃が走った。“LGBTQ”と“それ以外”ではない。LGBTQという中にも、“男性”と“女性”で差が存在していたのだ。
思えば、地方で生まれ育った私は、日常生活の中で男女に対する固定観念に疑問を抱くことがあった。それは声を上げて向き合うべき事柄だったのだ。当事者として、まずは女性が直面している問題をきちんと知らなければと強く思った。
それからはさまざまな女性学の授業を履修した。月経、妊娠といった女性の身体の仕組みやそれを取り巻く社会制度を学んだ「性と生命(セクソロジー)」。野球の応援にチアガールがいる理由、昔甲子園の優勝校に少女歌劇団を見る特権が与えられていた歴史など、アイコンとしての女性の扱われ方を学んだ「女性とジェンダーの歴史」。どれも新しい発見があり、刺激的だった。
生理用品を起点に
月経が女性の地位形成に与える影響を探る
女性学の学びに夢中になった私は、卒業論文でも「日本における月経観と生理用品」をテーマに研究を進めている。大学2年次の時、短期留学先のイタリアでロストバゲージに遭い、現地の生理用品を使用した。その時、自分の行動や服装がいつもより制限される煩わしさを感じたことが研究の原点だ。
月経は全世界の女性がほぼ共通して持っているものなのに、国によって経血処理の方法が違えば、生理用品も違う。ならば、女性の体を守る製品である生理用品の在り方を見れば、それぞれの地域に根付く女性への眼差しが見えてくると思ったのだ。
日本に今あるような生理用品が登場した1960年代、それが必要になったのはなぜか。さらに遡ると、日本には古くから「出血=穢れ」という考えがあり、それが月経を持つ女性蔑視につながってきたのではないか。そうした歴史や価値観をたどりながら、日本において月経が女性の地位形成に与えてきた影響を見つめ直している。
そうした研究を進める過程で生きたのは、意外にも女性学の視点だけではなかった。
特に役立ったのは、日本文学専攻の文学の授業を履修したこと。文学はその時代の社会を反映しているので、作者や登場人物の人生から時代背景も知ることができる。生理用品に関しても、その「広告を作った人物」に着目することで、当時の社会についてより理解を深めることができるのではという発想が生まれたのは、この授業のおかげだ。
興味のままに履修した他専攻の授業で得た視点が、ふと自分の専門とリンクする。それこそ、リベラルアーツの魅力そのものだと思う。
卒業後は大学院に進学し、今度はアメリカに焦点を当てた研究を進めていく。日本よりも先に生理用品が誕生した社会背景から、同様に女性への眼差しを探っていくつもりだ。
月経は全世界の女性がほぼ共通して持っているものなのに、国によって経血処理の方法が違えば、生理用品も違う。ならば、女性の体を守る製品である生理用品の在り方を見れば、それぞれの地域に根付く女性への眼差しが見えてくると思ったのだ。
日本に今あるような生理用品が登場した1960年代、それが必要になったのはなぜか。さらに遡ると、日本には古くから「出血=穢れ」という考えがあり、それが月経を持つ女性蔑視につながってきたのではないか。そうした歴史や価値観をたどりながら、日本において月経が女性の地位形成に与えてきた影響を見つめ直している。
そうした研究を進める過程で生きたのは、意外にも女性学の視点だけではなかった。
特に役立ったのは、日本文学専攻の文学の授業を履修したこと。文学はその時代の社会を反映しているので、作者や登場人物の人生から時代背景も知ることができる。生理用品に関しても、その「広告を作った人物」に着目することで、当時の社会についてより理解を深めることができるのではという発想が生まれたのは、この授業のおかげだ。
興味のままに履修した他専攻の授業で得た視点が、ふと自分の専門とリンクする。それこそ、リベラルアーツの魅力そのものだと思う。
卒業後は大学院に進学し、今度はアメリカに焦点を当てた研究を進めていく。日本よりも先に生理用品が誕生した社会背景から、同様に女性への眼差しを探っていくつもりだ。
ジェンダー問題に
自分自身の言葉で声を上げ続けたい
「女子大」で過ごす日々の中で、私自身、ある変化に気が付いた。男性の目がないことで、今までより自分の意見に自信を持ちやすくなっていたのだ。自分でも知らぬ間に、どこかずっと男性の目を気にしていたのだと気が付かされた。
月経についてもそうで、「男性の前では話しづらい」という感覚はいまだ根強い。
そうした無意識の根底には何があるのか。私が研究を通してそれを探ることで、社会の認識や構造を少しずつ変える一助になればと思っている。そして何より、月経という現象を、女性自身が正しく理解し、自らの存在を少しでも肯定的に捉えられるようになってほしいと心から願う。
過去の歴史とも紐づくジェンダーの問題は、これから長い時間をかけて世の中に問い、向き合い続けなければいけない問題だ。たとえどれだけ時間がかかっても、私はこれからも自分の言葉で声を上げ続けていく。それが、この大学で女性学と出会った私の進むべき道だと思うから。
月経についてもそうで、「男性の前では話しづらい」という感覚はいまだ根強い。
そうした無意識の根底には何があるのか。私が研究を通してそれを探ることで、社会の認識や構造を少しずつ変える一助になればと思っている。そして何より、月経という現象を、女性自身が正しく理解し、自らの存在を少しでも肯定的に捉えられるようになってほしいと心から願う。
過去の歴史とも紐づくジェンダーの問題は、これから長い時間をかけて世の中に問い、向き合い続けなければいけない問題だ。たとえどれだけ時間がかかっても、私はこれからも自分の言葉で声を上げ続けていく。それが、この大学で女性学と出会った私の進むべき道だと思うから。