4月1日(水)、東京女子大学講堂にて、2026年度入学式を執り行いました。
今年度は、学部・大学院合せて884名が新たな学生生活をスタートさせました。
当日はクワイヤによる合唱や大学宗教委員長による聖書朗読等の後、呼名を行いました。
本学の入学式では、一人ひとりを呼名し、起立してもらいます。これは、学生と教師がお互い一人ひとりの人格を尊重するという東京女子大学の基本的な考えによるものです。
本学の入学式では、一人ひとりを呼名し、起立してもらいます。これは、学生と教師がお互い一人ひとりの人格を尊重するという東京女子大学の基本的な考えによるものです。
呼名の後、太田学長より式辞が述べられました。
式典の様子はオンラインでライブ配信を行い、多くの方々にご覧いただきました。
当日はあいにくのお天気でしたが、桜の木のもと、友人・ご家族の方々と記念撮影し合う姿も見られました。
当日はあいにくのお天気でしたが、桜の木のもと、友人・ご家族の方々と記念撮影し合う姿も見られました。
式辞
新入生の皆さん、そして新入生をこれまで支えてこられたご家族の皆様、東京女子大学へのご入学おめでとうございます。本学の教職員を代表して、心よりお祝い申し上げます。皆さんの門出をお祝いするように、構内の桜も満開で素晴らしいタイミングとなりました。私自身も今日東京女子大学の学長に就任したばかりですので、皆さんと一緒にこの大学での生活をスタートいたします。今日は皆さんに4つの角度からお話をしたいと思います。第一は本学が考える女子教育、第二は大学生としての主体的な学び、第三は成熟した市民への成長、最後にリベラルアーツ教育における人格成長とキリスト教の考え方です。
本学は1918年に設立され、最初の学長は五千円札の肖像に採用されたこともある新渡戸稲造、そしてその時の学監(今で言うところの学部長)は安井てつでした。設立の目的は、キリスト教に立脚した最高のリベラルアーツ教育を女性に提供することです。
本学は1918年に設立され、最初の学長は五千円札の肖像に採用されたこともある新渡戸稲造、そしてその時の学監(今で言うところの学部長)は安井てつでした。設立の目的は、キリスト教に立脚した最高のリベラルアーツ教育を女性に提供することです。
ここで、女子大なのに初代学長が男性なのかと感じた方もいるかも知れません。恐縮ながら私も男性です、申し訳ありません。ただ、この点について知っておいて欲しい本学のエピソードがあります。少し脱線しますが、先頃ミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケート・ペア種目で金メダルに輝いた木原龍一・三浦璃来(りくりゅう)ペアの演技は、男女で生み出したすばらしいものでした。私は思わずもらい泣きしてしまいましたが、皆さんも感動したのではないでしょうか。私も大学時代に男女ペアの民族舞踊の経験があり、女性をリフトしたことがあるのですが、両者が互いに相手を信頼・尊重しないとうまく女性をリフトできません。ペアダンスはお互いをリスペクトして、良さを出し合うことが求められます。というわけで、あの演技の凄さがよくわかるのです。
これと同じことを本学の設立時に新渡戸と安井も考えていたようです。二人は、男性が主で女性が従という関係ではなく、ちょうど布が縦糸と横糸で織り上げられるように、女性が男性と対等な教養人として互いに信頼・協力しあうことで、良い社会ができると考えていたようです。縦糸と横糸が同じぐらい強くないと、布は簡単に破れてしまいますね。このように、新渡戸と安井は、男女協働参画社会が重要視される昨今の考えを100年以上前に先取りしていたわけです。本学の考える女子教育では、決して女性を男性に従う存在としては見ていないのです。
これと同じことを本学の設立時に新渡戸と安井も考えていたようです。二人は、男性が主で女性が従という関係ではなく、ちょうど布が縦糸と横糸で織り上げられるように、女性が男性と対等な教養人として互いに信頼・協力しあうことで、良い社会ができると考えていたようです。縦糸と横糸が同じぐらい強くないと、布は簡単に破れてしまいますね。このように、新渡戸と安井は、男女協働参画社会が重要視される昨今の考えを100年以上前に先取りしていたわけです。本学の考える女子教育では、決して女性を男性に従う存在としては見ていないのです。
さて、皆さんは大学でどのように学んだら良いのでしょうか。皆さんは高校時代「生徒」と呼ばれていましたね。しかし今日からは「学生」となります。これは学校基本法にしたがった呼び方の違いですが、それだけではない気がします。「生徒」は基本的に教えを学ぶ弟子という意味を持ちますが、「学生」は学問を自ら学んでいく若者というイメージです。つまり、大学における学びというのは、受動的に与えられたものを勉強するのでは不足しているのです。何かを探求しながら、自分ならではの学びを作り上げていく必要があります。その集大成が卒業研究になるのです。是非1年生の時から卒業研究を意識して、学びを作り上げて欲しいと思います。そのような主体的な学びを行い、継続的にさまざまな体験を積み重ねていくことで、就職活動などでも他者との違いが生まれてきます。このような理由から、皆さんも、教員と相談しながらで構いませんので、今日から自分で考えながら自分オリジナルの学びを作り上げて欲しいと思います。
大学での学びとして是非気に留めてもらいたいことがあります。それは、一人の「成熟した市民」として必要なことを学んで欲しいということです。「成熟した市民」とは何を指すのでしょうか。自らの知識を総合して現状を理解し、多様な価値観を尊重しつつ、批判的に物事を分析する力、つまり、教養とかリベラルアーツを備えた人物です。本学は安全で美しい一つのキャンパスに一つの学部があり、女子学生しかいません。教授陣も皆さん優しく親身に協力してくれる方々です。副専攻や「知のかけはし科目」、少人数の討議型授業などの制度が充実していて、複数の専門分野について領域を越えて学べる女子リベラルアーツの学習環境としてはとても贅沢な環境です。近年では、AIやデータ科学などの現代の教養科目も重視していますし、私が専門とする遺伝子科学や合成生物学の実験環境も整いつつあります。人文社会科学の知識や語学力も社会で活躍する上でとても重要です。課外活動やキャンパス内でのコミュニケーションも大切です。ちなみに私がいつも主張しているのは挨拶の重要性です。ぜひ一日の最初に人に出会ったら挨拶してみてください。このような感じで、学内のさまざまなリソースを駆使して、どんどん人間的に成長をして頂きたいと思います。AIが人間の専門性を越える時代が来るといわれていますが、そんなときこそ本学のリベラルアーツ教育で培われる問いを立てる力、批判的な分析力、倫理的な判断能力、コミュニケーション力などの人間固有の能力が威力を発揮します。
大学での学びとして是非気に留めてもらいたいことがあります。それは、一人の「成熟した市民」として必要なことを学んで欲しいということです。「成熟した市民」とは何を指すのでしょうか。自らの知識を総合して現状を理解し、多様な価値観を尊重しつつ、批判的に物事を分析する力、つまり、教養とかリベラルアーツを備えた人物です。本学は安全で美しい一つのキャンパスに一つの学部があり、女子学生しかいません。教授陣も皆さん優しく親身に協力してくれる方々です。副専攻や「知のかけはし科目」、少人数の討議型授業などの制度が充実していて、複数の専門分野について領域を越えて学べる女子リベラルアーツの学習環境としてはとても贅沢な環境です。近年では、AIやデータ科学などの現代の教養科目も重視していますし、私が専門とする遺伝子科学や合成生物学の実験環境も整いつつあります。人文社会科学の知識や語学力も社会で活躍する上でとても重要です。課外活動やキャンパス内でのコミュニケーションも大切です。ちなみに私がいつも主張しているのは挨拶の重要性です。ぜひ一日の最初に人に出会ったら挨拶してみてください。このような感じで、学内のさまざまなリソースを駆使して、どんどん人間的に成長をして頂きたいと思います。AIが人間の専門性を越える時代が来るといわれていますが、そんなときこそ本学のリベラルアーツ教育で培われる問いを立てる力、批判的な分析力、倫理的な判断能力、コミュニケーション力などの人間固有の能力が威力を発揮します。
ここで「リベラルアーツ」について今一度詳しく見てみましょう。その語源ですが、ラテン語の「アルテス・リベラレス(artes liberales)」という言葉です。ギリシャ時代は奴隷と自由市民がいましたが、自由市民として必要な知識やスキルを指します。私たちが大切にしているリベラルーツでとても重要な点は、人格の磨き上げや困難を克服して学んだことを実行に活かす力が含まれていることです。多くの困難を乗り越えアフリカ系アメリカ人の公民権獲得を実現させ、I have a dreamという演説で有名なマルチン・ルーサー・キング牧師は、「教育の究極目標は知性+品格である」と述べているほどです。
では、どのようにして人格を磨くことができるのでしょうか。私たちがその土台として重要と考えているのがキリスト教の考え方です。キャンパスにチャペルがあり、礼拝で聖書が学べるのもそのためです。タイパとかコスパなどの言葉が流行っていますが、お金や自分の利益だけ考えて過ごす人生は寂しいものです。このような時代だからこそ、キリスト教的な「Service and Sacrifice(犠牲と奉仕)」という、誰かのために奉仕するという考え方が重要になってきます。このような考え方を持っている人は現在とても少ないので、とても目立ちます。もちろん単純に誰かの犠牲になれと言っているのではなく、よりよい社会の実現に向けて賢く行動し、貢献して欲しいということです。そのような考えが人格の芯に据えられれば、おのずと「あの人は何か違うな」と周囲から感じられるようになります。これが、本学が重視している「Something」です。
皆さんには、是非大きな志をもって東京女子大学で学んで頂き、この世において光り輝くSomethingのある人として活躍して欲しいと思います。
皆さん、本日は大変おめでとうございます。皆さんの本学での幸せと成長を祈念して私のお祝いの言葉とさせていただきます。
では、どのようにして人格を磨くことができるのでしょうか。私たちがその土台として重要と考えているのがキリスト教の考え方です。キャンパスにチャペルがあり、礼拝で聖書が学べるのもそのためです。タイパとかコスパなどの言葉が流行っていますが、お金や自分の利益だけ考えて過ごす人生は寂しいものです。このような時代だからこそ、キリスト教的な「Service and Sacrifice(犠牲と奉仕)」という、誰かのために奉仕するという考え方が重要になってきます。このような考え方を持っている人は現在とても少ないので、とても目立ちます。もちろん単純に誰かの犠牲になれと言っているのではなく、よりよい社会の実現に向けて賢く行動し、貢献して欲しいということです。そのような考えが人格の芯に据えられれば、おのずと「あの人は何か違うな」と周囲から感じられるようになります。これが、本学が重視している「Something」です。
皆さんには、是非大きな志をもって東京女子大学で学んで頂き、この世において光り輝くSomethingのある人として活躍して欲しいと思います。
皆さん、本日は大変おめでとうございます。皆さんの本学での幸せと成長を祈念して私のお祝いの言葉とさせていただきます。