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東京女子大学

高畠 克子先生/Katsuko Takabatake

新天地を求めて

現代教養学部 人間科学科 心理学専攻 元教授
専門分野:臨床心理学・コミュニティ心理学

第一期:「地域で『心の病を持つ人びと』を支えるということ」

大学を卒業後、東京大学の精神医学研究室、教育相談室を経て、都立病院の神経科外来で働き始めた高畠先生。
大人や思春期の患者のカウンセリングを担当する傍ら、患者同士のディスカッションやスポーツなどの支援をする「グループセラピー」(デイケア)を行っていた。

グループセラピーを続ける中で、先生は「患者が社会復帰する前に、社会体験をする必要がある」ということに気付き、<心の居場所>作りを始める。

病院の中でのデイケアから、地域精神医療へと向かい始めた瞬間だった。 

<心の居場所>って?

「心の病を持つ人びと」にとって必要なものは、<心の居場所>。
<心の居場所>とは、

①安心・安全な場であること
②その場の一員(メンバー)であるという所属感が感じられること
③そこが本来(ありのまま)の自分で居られるという本来感がもてること
④そこで他の誰かの役に立てるという貢献感がもてること
⑤そこでの活動が自身の自信や自尊心の回復に繋がること

などの構成要素から成り立っている場だと先生は言う。

「彼らに<心の居場所>を保障することこそが、『心の病』からの回復に繋がります」

大切なのは、患者が要求していることをどれだけ汲み取り、地域の中でそれらを医職住(医療・職業・住居)にどれだけ実現できるか。
資金が潤沢でなかったため、区や都に掛け合ったり、地域の人の協力を仰ぐなどして、奔走する日々が続いた。
朝の9時から夜の9時まで、働き通しの日々だったそうだ。 

「ある日、どんなに努力してもこんなものかなー、もうこれ以上を望んでも無理かなー」というあきらめの気持ちが出てきた。

そしてその結果、先生はバーンアウト(燃え尽き)してしまった。

バーンアウトとは、看護師・精神科医・心理士・教師など、「人の体と心の健康」に関わる専門家が、支援のために自分のエネルギーを使い果たし、「情緒的消耗感」「脱人格化」「達成感の低下」などの3大症状が出ることを言う。 

「彼らのために何とか頑張ろうと思い、うまくいくと一緒に喜べたりできたんだけど、だんだん人間らしい気持ちがなくなってしまった。支援したいという願望があったのに、支援をしてもしても、何だか大変だっていう疲労感みたいなものがすごく強くなって」

第二期:「暴力被害から、女性や子どもたちを守るということ」

地域コミュニティの中に<心の居場所>を作る活動を通して、「心の病を持つ人びと」を支援してきた先生。16年続けた東京都の公務員生活を辞め、アメリカのハーバード大学へ行く決心をする。

ソーシャルワークの仕事をしたい、それに関する見聞を広げたいと思ってのことだった。

「今の自分では経験知や英語力に限界がある。それを踏まえた上で、もう一度心理学を勉強し直そう。アメリカの心理学でやっていこうと、方向修正をしたのです」

アメリカのハーバード大学の院に留学した先生は、たまたま受けたフェミニスト心理学者のCarol Gilligan教授の授業から刺激を受け、ジェンダー心理学やフェミニストセラピーを学ぶことになった。
1991年に帰国後、東京フェミニストセラピー・センターで、フェミニストセラピストとして働き始めた先生。
女性の相談を受けながら、1997年にDV被害者のためのシェルター「さくら荘」を立ち上げ、以後現在までDV(親密な関係にある者同士の暴力)やハラスメント問題(セクハラ・パワハラなど)、さらに虐待の被害児・者の支援に関わることになった。


DV被害の女性たちを3ヶ月シェルターで保護し、自立させる活動を始めた先生。
15年間活動を続ける中、のべ1000人もの女性・子どもたちを卒業させたそうだ。
だが、そのうちの2~3割は、夫の元へ帰ってしまったという。

「こんな時に、何故、夫のことを心配するの?」
「前より酷い暴力を受けるのは分かっているのに、どうして?」

そう思いながらも、本人の決断を尊重するフェミニストセラピーの原則からすれば、いつでも戻れるチャンスを保障しながら、送り出すしかなかった。

結果、先生は2度目のバーンアウトになりかかり、教員への転職に至った。  

「人生うまくやっていける」が私のモットー

第三期:「自らの体験を次世代に伝えるということ」

 自分が体験した臨床実践を若い人に伝えると共に、臨床心理学、コミュニティ心理学、ジェンダー心理学の研究者・臨床家を育てたいと思い、2001年から武庫川女子大学大学院、2006年から東京女子大学で教鞭をとることになった。

「自分の臨床実践や研究で得られた成果を、色々な人、特に若い人に伝えたかった。教員になると仲間も作りやすいし、ものを書く時間もふえた」

そこで、先生はこの課題を果たすために、次世代に伝えるものとしてコミュニティ心理学を中心に専門書を沢山執筆した。
臨床活動をしている間は本にまとめる時間もなく、時に学会発表や論文投稿をするしかなかったが、大学で学生の教育をしながら、分担執筆で本の一部を書いたり、著書としてまとめたりできるようになり、武庫川女子大学の5年間に17冊、東京女子大学の8年間に13冊の本を出すことができた。

「それらを教科書にして、次世代を担う優秀な学生に伝えていくという大事な仕事をさせてもらいました」

床や研究を”続ける”為に必要なこと

第一に、自分の心身の健康状態に気付き、コントロールしていくこと。

第二に、同じような体験をしている仲間に、愚痴をこぼしたり心の奥にしまいこんでいる気持ちを吐き出したりすること。


一般的に、臨床心理士や女性相談員たちは、クライエントの話は上手に聴きますが、自分自身のことを相談するのは苦手な人もいる。だからこそ、自分の話を十分に聴いてもらうことで、相談者を受け入れられる寛容性や柔軟性を取り戻すことができるという。

第三に、ポジティブ志向性をもつこと。

物事は悪い面を考えたらきりがない。例えば精神分析などは、過去の生育史がどうだったとか、親との関係が外傷的であったとか、悪いことばかりを思い出させる。でもそうではなくて、大切なことは、過去のことはほどほどにして、これから先を見据えていくという姿勢だと先生は語る。

「この3つのモットーは、私の人生訓のようなもの。セラピストでなくても、人生うまくやっていけると思っている『私のモットー』です」 

今後やっていきたいことは?

「仕事人間で45年間過ごしてきましたから、退職したらどうするかという点に関しては、はっきり言ってNo Idea です。退職『うつ』になる人が多い昨今、新しい自分の楽しみを誰かと共有するというのが、『うつ』と『認知症』の予防に大切だと思っています。

誰でも一度は小説家になれると言われていますので、誰も読まない自叙伝でも書きましょうか?」


<インタビューを終えて>
バーンアウトをされても、環境を変えながら、人の支援に向き合い、次世代の教育へと繋げてきた高畠先生。お話を伺う中で、高畠先生の前向きさや柔軟な対応 性を感じました。その姿勢を支える高畠先生の『3つのモットー』は、臨床や研究職だけでなく、どの立場においても大切な姿勢だと思います。貴重なお話をあ りがとうございました。
(現代教養学部 人間科学科 心理学専攻 2年 増田春香)