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東京女子大学

ストーリー

[教職員]

情報科学や数学といった「道具」を使って、さまざまな現象の解明ができる力を身につけてほしい

東京女子大学 現代教養学部 数理科学科 情報理学専攻 教授 加藤由花(取材当時)

人工知能やスマート家電が一般的になった私たちの生活にとって、人間とロボットの共存は大きな課題です。現代教養学部 数理科学科 情報理学専攻で教鞭をとる加藤由花先生は、情報ネットワークや知能ロボティクスのエキスパート。

「もともとメカが好きだったというわけではなく、情報ネットワークの研究者としてロボットの『頭脳』に興味を持った」と語る先生に、数理科学科のなかで情報科学を学ぶことができる東京女子大学の情報理学専攻の魅力や、別の分野の研究者と協力しながらみんなで学問体系を作り上げていく研究の面白さについて伺いました。

ロボットは、情報ネットワークの研究者として現実世界に働きかけるための一つの手段

─まず、先生は大学時代にどんなことを学んでいらっしゃったのか、お伺いできますか?

加藤:大学の時は地球物理学科で「大気大循環モデル」の研究をしていました。大規模なスーパーコンピュータを使って、地球を包む大気全体が時間とともにどう移動していくのかを調べる研究です。海流との関係を調べたり、砂漠や氷河の面積を変えながら大気の動き方をシミュレーションしたりしていました。

加藤由花先生とロボットのSotaくん

─ロボティクスの研究をされるようになったのはいつ頃からですか?

加藤:2008年ごろだと思います。そもそも、大学卒業後はNTT(日本電信電話)に勤めて電話のネットワークに関するシステムを作る仕事をしていました。大気大循環モデルと同じように、電話のネットワークも大規模で複雑なシステムなので、シミュレーションをして分析します。対象が違っても、学生時代と同じような手法を使って仕事をしていたんですね。就職した1989年頃は、まだインターネットが一般社会に普及する前。日本では1995年ごろから急速にインターネットの普及が進みましたが、ちょうどその頃、インターネットの勢いに魅了され、これからは電話ではなく、コンピュータのネットワークを学ぶべきではないか、と思うようになったんです。これはもう一度ちゃんと学び直そうと思い、会社を辞めて大学院に進み、情報ネットワーク学を専攻しました。その後、ロボティクスの研究者と一緒に仕事をする機会があり、気がついたらロボティクスを対象にするネットワーク研究者になっていました。

─先生は知能ロボティクスや情報ネットワークを研究されていらっしゃいます。「ロボット」と聞いてパッと思い浮かぶのは、たとえば鉄腕アトムやPepperくんのようなイメージですが、先生が研究されている領域はどういうものなのでしょうか?

加藤:私が研究しているのは機械としてのロボットではなくて、ロボットの頭脳にあたる部分。知能情報学という立場からロボティクスの研究をしています。現在は、コンピュータネットワークと言ってもそこにはコンピュータだけがつながっているわけではありませんよね。現実世界のいろいろな「もの」がネットワークにつながっています。専門用語では「IoT(インターネット・オブ・シングス)」と言いますが、スマート家電や、車のカーナビなどをイメージしてもらうとわかりやすいと思います。

現実世界のあらゆるものがネットワークにつながるとなると、ネットワークの方だけを研究していれば良いとはならなくて、「現実世界とコンピュータ上の世界をいかにネットワークでつないでいくか」ということが重要になってきます。ロボットは、そのアプローチの一つ。私は、ロボットのメカニカルな部分に興味があって研究をしているわけではなく、情報ネットワークの研究者として、ネットワークを介して現実世界に働きかける手段の一つとしてロボットの研究をしています。

─情報ネットワークが現実世界へのアウトプットするための一つの形ということなんですね。

加藤:そうですね。ネットワークの研究者には、たとえばカメラやセンサーで集めた大量のデータを使って、人の行動を分析したり、認識したりする研究をしている人たちがたくさんいます。でも私は分析した後に、その情報を使って現実世界になにかしら働きかけをするところにすごく興味があって、それでロボットの研究をするようになったのだと思います。そもそも、ネットワークというものは、遠隔地で人と人がコミュニケーションをするための媒体なわけですよね。ネットワークそのものだけでなく、その先に「人間と対峙する部分」が必要で、その一つがロボットというわけなんです。

─先生の思うネットワークや知能ロボティクスの魅力はどんなところにありますか?

加藤:ネットワークって時空を超えられるんです。時間と空間を超えてコミュニケーションできる、というのがネットワークの大きな魅力です。私にとって、知能ロボティクスはその延長線上にあります。ネットワークの先で、サイバー空間と現実世界、たとえば人を結びつけてくれるのがロボットだと思っています。そういう意味で「人間とロボットが共存できる社会の実現」が私の研究テーマの一つになっています。

情報科学や数学といった「道具」を使って、様々な現象の解明ができる力を身につけてほしい

─東京女子大の授業では、実際にどのようなことが学べるのでしょうか。

加藤:情報理学専攻では、情報科学と自然科学が学べます。私は主に情報科学の科目を担当していますが、ツールとしてのコンピュータ操作だけでなく、基礎理論からしっかりと情報科学を学べるよう、さまざまな科目を用意しています。数理科学科なので、数学の基礎をしっかりと学べる点も大きな特徴だと思います。シミュレーション科目も充実していますね。専攻案内にあるように「情報科学を活用した問題分析・解決能力」「数理的思考力に支えられた柔軟な応用力」が身につくカリキュラムになっています。

─そういった授業で学べることは、私たちの日常生活にも関わりがあるものなのでしょうか?

加藤:もちろんです。シミュレーションの授業で取り上げる、ネットワークの例で考えてみましょう。たとえば、大きな花火大会で人がたくさん集まると、携帯電話が通じにくくなりますよね。どれくらいの人が、どれくらいの頻度で、どんな通信をするかというのを予想して臨時の基地局を配置したりしますが、完全に予測することはできません。人は移動しますし、時間の経過によっても状況は変わります。基地局の配置を決めようと思っても、こんな感じで不確実なものだらけなんです。けれど、不確実だからといってなにも決められないかというとそうでもなくて。この例の場合は「確率現象」として数理モデルを作れば良いのです。「確率」や「統計」という数学を使うと、不確実や曖昧なものを数式で表現できるようになります。式で表わせれば、それをそのまま解いたり、直接解けない場合はコンピュータに計算させたり、つまりシミュレーションすることで、現象の解明ができます。ネットワークだけでなく、ロボットや人工知能は不確実な現実世界を対象にするので、同じように「確率統計」の考え方がとても重要になっています。その他にもいろいろな数理モデルが存在します。学生のみなさんには、情報科学や数学といった「道具」を使って、さまざまな現象の解明ができる力を身につけてほしいですね。

─東京女子大学の数理学科は、第二代学長の安井てつの「いかなる学問にも数理的能力が必要である」という信念のもとに1927年に設立されました。まさに先生のお話ともつながりますね。本学の情報理学専攻で学ぶメリットはありますか?

加藤:やはり数理科学科の中に情報理学専攻があるというのが大きな特徴で、またメリットだと思います。情報系の学科には工学系のところもあって、そういう学科ではコンピュータを「使う」方法,ソフトウェアを「作る」方法ということに重きが置かれています。けれど、先程お話したように情報科学には数学が深く関係しています。東京女子大学の情報理学専攻では、数学の基礎知識をしっかりと学べるので、表面的なノウハウではない本質を知って、数理的な考え方と論理的な考え方を身につけることができます。それから、全員の学生の顔がわかるほど、教員と学生の距離がとても近いこともメリットとして挙げられると思います。先生方はみんな、学生一人ひとりにしっかり向き合っていますね。私のゼミでは、大教室ではなく、私の研究室で和気あいあいと授業していますし。

─卒業生の進路はどんなものが多いですか?

加藤:進路はその時の社会情勢にもよるので、傾向は変化していくと思いますけど、やはりIT企業や通信企業のSE(システムエンジニア)や技術者になる人が多い印象です。中学・高校の教員や公務員になる人もいます。また、毎年一定数は大学院に進学しています。

研究は別の分野と協力しながら、みんなで学問体系を作りあげていく作業。学生もその一員として論文を書く

─加藤先生のゼミでは、みなさんどんな研究をされているのでしょうか?

加藤:例年、学生たちが自分でやってみたいというテーマを選んでもらっています。「これがやりたい」という具体的なテーマがある学生はそれを研究しますし、まだこれといったものが見つからないという学生には、これまでの先輩たちがやってきた研究や、私自身の研究テーマの一部を「これをやってみる?」と提案したりもしますね。1人で研究したいという人もいれば、2人や3人のグループで研究したいという人もいます。今年のゼミ生は、2人ずつ3組になって研究していますよ。最近は人工知能や画像認識の研究をやりたいという人が多い印象ですね。カメラで撮影した顔画像からその時々の感情を推定し、気分に合った音楽を推薦するという研究や、新型コロナウイルスの感染拡大状況を受けて、メガネ型デバイスを通して進行方向を見るとソーシャルディスタンスを保った移動経路を教えてくれるシステムの研究なんかをしている学生がいます。4年次の一年間をかけて研究を進め、最後に研究成果を卒業論文にまとめます。

─論文、と聞くとちょっと構えてしまいますが……。

加藤:論文にまとめるのって、とても大切なんですよ。研究を通して得られた新しい知見を、自分たちだけが知っているというのではなくて、世の中に公表していくという行為ですから。卒業論文は世の中に広く公開されるものではありませんが、卒業論文の内容を発展させて学会で発表したり、論文として出版したりする学生もいます。それに、研究ってコミュニティで行っていくものなんですね。別の研究者や別の分野の人が論文化してくれた研究成果を基に、新たな研究が生まれていくという側面もあるんです。

─なるほど。理系の研究は細分化しているため、個別に進めていくイメージがありましたが、そういうものでもないんですね。

加藤:たとえば、ロボットと人間の共存について考えると、プライバシーは大きな問題になりますよね。その場合、プライバシーについてはプライバシー研究の専門家に教えを請う。安全性については、メカトロニクスの研究者と共同で研究を進める、という感じです。分野が全然違うと思っていた研究が、実はいろいろなところでつながっていることは多いですね。

研究は、「巨人の肩の上に立つ」と言われます。一人で独立して研究しているわけではなくて、みんなでよってたかって学問体系を作りあげていく作業なんです。これに参加するためには、まず人類がこれまでになにをどこまでわかっていて、なにがまだわかっていないのかを調べないといけませんね。そのために論文を読みます。そして、そこに自分の新しい発見を重ねていく。自分の発見は論文として人に伝えていく。地道なんですが、これをひたすら繰り返すのが研究なんです。学生のみなさんの研究だって同じなんですよ。新たな一歩が論文になるんですね。

「女性は理数系が苦手、論理的思考が弱い」というような言説がありますが、そんなことは決してありません

─そのように考えていくと、一つの学問分野だけではなく、幅広い教養を持つことも大切ですよね。東京女子大学は専門領域を超えて学ぶリベラル・アーツ教育にも力を入れています。

加藤:そうですね。広い視野を身につけることが、専攻での専門教育のベースになっていると思います。広い見識と創造性を備えた「専門性を持つ教養人」を育成するが本学の目的ですから、専門に閉じてしまわないよう、ベースとしてのリベラル・アーツ教育をすごく大切にしています。

─一般的に理学部は男女別割合でいうと女性が14.2%程度と、非常に女性が少ない現状があるようです。このジェンダーバランスの理由はどこにあるのでしょう?

加藤:周辺に理系女性が少なかったり、科学技術は男子が得意という周囲の人からの無意識のバイアスがあったり、小さい頃からの成育環境が一番の理由ではないかと思います。これに関しては親世代の考え方が変わっていかないとなかなか難しい部分があると思いますが、最近の学生を見ていると、少しずつ変わってきているようにも思います。小学校から情報教育が始まったり、プログラミングが好きな女の子も増えたりしているようです。「女性は理数系が苦手、論理的思考が弱い」というような言説がありますが、そんなことは決してありません。むしろ、粘り強く問題に取り組む姿勢が重要で、女性にこそ向いているという面もあると思います。

情報ネットワークや知能ロボティクスについて興味を持った方におすすめしたい本

『ロボットはもっと賢くなれるか』(小林祐一著/森北出版)

著者によると、「ロボットが家庭のような変化の多い環境で仕事ができる」、つまり人に近い柔軟な知能を持たせるためにはなにが必要か、という疑問に対するヒントを提供することを目的に本書を書いたとのことです。やや専門的な記述もありますが、「ロボット研究のなにが難しいのか」ということがコンパクトにまとめられている良書です。

『思考する機械コンピュータ』(ダニエル・ヒリス著/倉骨 彰訳/草思社文庫)

2000年に出版された小さな文庫本ですが、情報科学の古典的名著としてとても有名な本です。本のタイトルになっているように、思考する機械としてのコンピュータについて、基本的な概念や論理について書いてあります。思考するとはどういうことなのか、コンピュータを学ぶことはこの答えを探すことでもあります。情報科学を志している人に、ぜひ読んでいただきたいですね。
加藤由花
東京女子大学 現代教養学部 数理科学科 情報理学専攻 教授(取材時)

東京大学理学部地球物理学科卒業後、日本電信電話株式会社に入社。2002年に電気通信大学大学院情報システム学研究科において博士(工学)の学位を取得、産業技術大学院大学産業技術研究科教授を経て、2014年4月から現職。研究テーマは実世界データを利用したネットワークシステム、ロボティクスのための数理モデル。

スタッフ

Interviewer・Writer:
阿部洋子
Photo:
吉田周平
Editor:
竹中万季