- 僕からすると、遊ぶことも勉強することもそんなに違わないんです
- 黎明期だったコンピュータも英語も独学。「おもしろいし役に立つかもしれない」という思いによって世界が開けた
- 「障害」「コミュニケーション能力」などを個人のせいにすると、解決しない問題の方が多い
- 教育もコミュニケーションの一つであり、授業は一種のライブ
- コミュニケーションについて興味を持った方におすすめしたい本
僕からすると、遊ぶことも勉強することもそんなに違わないんです
─小田先生はコミュニケーション専攻で教えていらっしゃいますが、学生時代は心理学を学ばれていました。なぜその学問を選んだのでしょう?
小田:高校生の頃、いくつかコース分けがあるなかで、僕は文系コースだったんです。ただ、英語は好きだったし、国語もそれほど嫌いじゃなかったけれど、日本史が苦痛で苦痛で(笑)。文脈をほとんど教わらないまま、覚えることだけがやたらと多いのがどうにもだめでした。一方で、物理や生物などの科目は好きで、成績もよかったんです。心理学は、文系のなかでも科学的なことをやっている分野だから、自分の興味を持続させるためにも心理学を学ぶことができる大学に行こうと思って、選んだのが千葉大学の心理学専攻でした。
小田浩一先生
─心理学のなかでも「感覚知覚認知」のご研究をされることになったのはなぜですか? あまり聞き慣れない学問領域かもしれません。
小田:心理学というと、おそらく社会心理学や臨床心理学がぱっと頭に浮かぶと思います。でも、千葉大は心理学の先生が7人くらいいるなかで、そのうちの5人が感覚知覚認知の研究者でした。感覚知覚認知は「人にものがどう見えるか、聞こえるか、理解されるか」ということを研究する学問で、僕の専門である視覚の研究は、見えているものや、目に入ってくる刺激の性質を分析することがすごく大切になってくるんですよ。はじめは「これのどこが心理学なんだ?」と思いましたけど(笑)、僕は科学的なことに関心があったのでラッキーでしたね。
─環境が合っていたんですね。
小田:1年生の頃からすごく楽しく勉強していました。夏休みに、先生と学生たちみんなで大学に集まって、キャンプみたいに朝から晩まで勉強したこともあります。夕方になると、近くに住んでいる人の家になだれ混んで、夕飯を食べて飲んで、どんちゃん騒ぎをして寝て、また朝になると大学に行って勉強してね(笑)。
─とても楽しそうですが、学ぶことでそんなにも盛り上がれるという熱量に少し驚きました。
小田:そうですか? 僕からすると、遊ぶことも勉強することもそんなに違わないんです。少なくともそこに集まっていた人たちは、歯を食いしばって勉強するような感じじゃなくて、「どうしてそうなるのか」とか、「こういうことを知りたい」という自分なりの疑問や興味を持っていたし、それを追求できるのはおもしろいことでした。みんな半分遊びのような感覚だったと思います。
黎明期だったコンピュータも英語も独学。「おもしろいし役に立つかもしれない」という思いによって世界が開けた
─大学院をご卒業後は、国立の特別支援教育の研究所で8年ほど視覚障害教育の研究員をされていたそうですね。
─当時はコンピュータの黎明期で、小田先生は独学で学ばれたそうですね。
資料に囲まれた小田浩一研究室
─学生の頃から楽しみながら学んでいたことが、先々につながっていったんですね。
「障害」「コミュニケーション能力」などを個人のせいにすると、解決しない問題の方が多い
─コミュニケーションの研究を始めたのは東京女子大にいらしてからだそうですね。
小田:この大学のコミュニケーション学科(現:現代教養学部 心理・コミュニケーション学科コミュニケーション専攻)というところに職があったことが、コミュニケーションの研究のスタートです。だから学生時代はコミュニケーションにはそれほど注意を向けていなかったんです。人間ってすごくいいかげんなものでしょう?(笑)
─(笑)。コミュニケーションのご研究を始められてからは、そこにどのようなおもしろさや可能性を感じていらっしゃいますか?
小田研究所がミネソタ大学ロービジョン研究室と共同開発した読書評価チャート「MNREAD-J」
─コミュニケーションというのは、障害を抱えている人一方の問題じゃなくて、互いに関わりがあることですよね。
─「コミュニケーション能力」という言葉が広く知れ渡っていますが、コミュニケーションがうまくいかない場合、個人の能力の問題にされることが多いように感じます。小田先生のお話を伺って、実は人と人の間にある仕組みや環境が及ぼす影響の方が大きいかもしれないということに気付いてはっとしました。そもそもいつかは誰しも老いるし、病を得たり、幼い子どもを育てたりする可能性があるわけですから、健康で元気な成人のみを想定してさまざまな環境を設計してしまうことは危ういですよね。
小田研究室が開発した、触覚でも読みやすいカタカナ書体「ForeFingerM」
ー障害がある一人ひとりはそれぞれ異なる個性を持っているにも関わらず、世の中のイメージが限定的であることも問題だと感じます。それゆえに、自分とは違うどこか遠い存在として捉えてしまう状況がありそうです。
教育もコミュニケーションの一つであり、授業は一種のライブ
─東京女子大学で教員として過ごされるなかで、女子大という場での学びについて、先生がどのように考えていらっしゃるかもお伺いできたらと思っています。
小田:女子大ができた当時は、女性への高等教育が行われてなかった背景があったので重要な役割を果たしていたと思うんですけど、100年も経ってまだ女子大があるのはどうしてだろうと当初は思っていました。ただ、女子大の教育効果に関する研究を見ていくと、女性だけの環境の方が成績が伸びるという結果もあって。その理由の一つとして、共学ではたとえば「女子学生は数学や科学の能力が低い」といった性別のステレオタイプが表面化しやすいんです。女子大ではリーダーシップを磨きやすかったり、卒業生や先輩たちに多様なロールモデルが見つけやすかったりすることも大きなプラスですよね。そういった状況を知るにつれて、女性が不当な評価に晒されずに、自由に学べる場所が必要なんだと思うようになりました。でも、学生にはもっとのびのびしてほしいですけどね(笑)。
─そうなんですね(笑)。
研究室には学生たちとの写真や誕生日のお祝いメッセージなどがたくさん飾られています