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東京女子大学

ストーリー

[教職員]

個人の責任にしてしまう前に。問題解決のためのコミュニケーション方法を探す

東京女子大学 現代教養学部 心理・コミュニケーション学科 コミュニケーション専攻 教授 小田浩一(取材当時)

「コミュニケーション」は、人と人との関係を円滑にする社交の技術のような印象が強い言葉かもしれません。けれども、コミュニケーションは、そのありかたを見つめ直すことによって、人間関係だけでなく、社会に存在するさまざまな問題を解決し得る可能性があるものだと、コミュニケーションを起点に視覚障害やロービジョンの研究に取り組む小田浩一先生は言います。「多様性」や「自分らしさ」という言葉をよく耳にするようになりましたが、本質的な意味で自分とは異なる他者と共生していくために、コミュニケーションはどのように寄与するのでしょうか。

お話のなかで、学生時代の学びや現在の研究生活について、「楽しい」「おもしろい」といった言葉で何度も表していた小田先生。勉強は辛く、苦しいものだと感じている人もいるかもしれません。遊ぶように学んできた小田先生のお話しには、学びやコミュニケーションへの固定観念を軽やかに覆されるような言葉がたくさんありました。

僕からすると、遊ぶことも勉強することもそんなに違わないんです

─小田先生はコミュニケーション専攻で教えていらっしゃいますが、学生時代は心理学を学ばれていました。なぜその学問を選んだのでしょう?

小田:高校生の頃、いくつかコース分けがあるなかで、僕は文系コースだったんです。ただ、英語は好きだったし、国語もそれほど嫌いじゃなかったけれど、日本史が苦痛で苦痛で(笑)。文脈をほとんど教わらないまま、覚えることだけがやたらと多いのがどうにもだめでした。一方で、物理や生物などの科目は好きで、成績もよかったんです。心理学は、文系のなかでも科学的なことをやっている分野だから、自分の興味を持続させるためにも心理学を学ぶことができる大学に行こうと思って、選んだのが千葉大学の心理学専攻でした。

小田浩一先生

─心理学のなかでも「感覚知覚認知」のご研究をされることになったのはなぜですか? あまり聞き慣れない学問領域かもしれません。

小田:心理学というと、おそらく社会心理学や臨床心理学がぱっと頭に浮かぶと思います。でも、千葉大は心理学の先生が7人くらいいるなかで、そのうちの5人が感覚知覚認知の研究者でした。感覚知覚認知は「人にものがどう見えるか、聞こえるか、理解されるか」ということを研究する学問で、僕の専門である視覚の研究は、見えているものや、目に入ってくる刺激の性質を分析することがすごく大切になってくるんですよ。はじめは「これのどこが心理学なんだ?」と思いましたけど(笑)、僕は科学的なことに関心があったのでラッキーでしたね。

─環境が合っていたんですね。

小田:1年生の頃からすごく楽しく勉強していました。夏休みに、先生と学生たちみんなで大学に集まって、キャンプみたいに朝から晩まで勉強したこともあります。夕方になると、近くに住んでいる人の家になだれ混んで、夕飯を食べて飲んで、どんちゃん騒ぎをして寝て、また朝になると大学に行って勉強してね(笑)。

─とても楽しそうですが、学ぶことでそんなにも盛り上がれるという熱量に少し驚きました。

小田:そうですか? 僕からすると、遊ぶことも勉強することもそんなに違わないんです。少なくともそこに集まっていた人たちは、歯を食いしばって勉強するような感じじゃなくて、「どうしてそうなるのか」とか、「こういうことを知りたい」という自分なりの疑問や興味を持っていたし、それを追求できるのはおもしろいことでした。みんな半分遊びのような感覚だったと思います。

黎明期だったコンピュータも英語も独学。「おもしろいし役に立つかもしれない」という思いによって世界が開けた

─大学院をご卒業後は、国立の特別支援教育の研究所で8年ほど視覚障害教育の研究員をされていたそうですね。

小田:大学院のときの先生が障害のある子どもの教育にまつわる研究をされていて、僕が博士課程にいるときに国立の研究所にポジションがあると言われて、すぐ面接することになりました。なぜそこに推薦されたかというと、その研究所で求めていたのが、コンピュータと英語ができる人だったんですよ。心理学を学んでいるからという理由ではなかったんです(笑)。

─当時はコンピュータの黎明期で、小田先生は独学で学ばれたそうですね。

小田:大学に入った年に、高知から内地留学(官庁、学校、会社などの職員が、現職のまま、国内にある大学や研究機関で長期にわたって研究すること)で来ていた先生が、「おもしろいものが出たからみんなに見せびらかしたい」と言って、高知からわざわざ車に乗せてコンピュータを持ってきたんです。そのコンピュータで遊んでいたら、だんだん仕組みがわかってきておもしろくなっちゃって。それを見て可能性を感じてくれた僕の先生が、研究室にコンピュータを買ってくれました。当時は、コンピュータが「電子計算機」と呼ばれていた時代で、「いろんなものが電子計算機に置き変わっていくよ」と言われていました。コンピュータを勉強していると楽しいし、きっと今後いろんなことができるようになるぞ、と僕自身も思っていましたね。

資料に囲まれた小田浩一研究室

─学生の頃から楽しみながら学んでいたことが、先々につながっていったんですね。

小田:英語もその一つでしたね。専門的なことを勉強していくと、日本語より英語の論文の方が、新しいことが書いてあるじゃないですか。だから英語ができないと、世界が狭くなっちゃうと思って、自分で勉強していました。大学に入ったくらいから英語で日記をつけるようにしていたら、だんだん英語が書けるようになって。それをきっかけに、フィリピンからきた留学生の面倒を見ることになり、彼が研究費をもらうための申請書を英語でやりとりしながら一緒に作ったり、プレゼンに行ったりして、英語によって世界が開けていく感じがしました。「こうしたら今までできなかったことができるんじゃないか」とか「自分にとってのおもしろさはもちろん、役に立つかもしれない」といったことを考えるのが好きですね。

「障害」「コミュニケーション能力」などを個人のせいにすると、解決しない問題の方が多い

─コミュニケーションの研究を始めたのは東京女子大にいらしてからだそうですね。

小田:この大学のコミュニケーション学科(現:現代教養学部 心理・コミュニケーション学科コミュニケーション専攻)というところに職があったことが、コミュニケーションの研究のスタートです。だから学生時代はコミュニケーションにはそれほど注意を向けていなかったんです。人間ってすごくいいかげんなものでしょう?(笑)

─(笑)。コミュニケーションのご研究を始められてからは、そこにどのようなおもしろさや可能性を感じていらっしゃいますか?

小田:障害のある子どもの研究所に8年ほどいる間、目が見えづらい人にどのような支援をしたらよいかを考えるなかで、実はコミュニケーションが解決のキーになることに気付いたんです。目の見えない上司が「僕は電話だったらコミュニケーションにまったく問題がない」と言っていて、なるほどと思いました。電話であれば相手の目が見えないことがわからないということは、自分と相手の間にあるコミュニケーションの部分に手を加えることで、問題が解決する可能性がある。視覚障害だけに関心を向けていると解決しないことが、コミュニケーションに答えを求めたら解決するかもしれないとわかって、これはおもしろいなと思いました。

小田研究所がミネソタ大学ロービジョン研究室と共同開発した読書評価チャート「MNREAD-J」

─コミュニケーションというのは、障害を抱えている人一方の問題じゃなくて、互いに関わりがあることですよね。

小田:コミュニケーションを変えることで、人間関係も変わってくるし、「障害」と呼ばれているものも、もしかしたらなくなるかもしれない。

─「コミュニケーション能力」という言葉が広く知れ渡っていますが、コミュニケーションがうまくいかない場合、個人の能力の問題にされることが多いように感じます。小田先生のお話を伺って、実は人と人の間にある仕組みや環境が及ぼす影響の方が大きいかもしれないということに気付いてはっとしました。そもそもいつかは誰しも老いるし、病を得たり、幼い子どもを育てたりする可能性があるわけですから、健康で元気な成人のみを想定してさまざまな環境を設計してしまうことは危ういですよね。

小田:個人の能力のせいにしてしまうと解決しない問題の方が多いんですよね。誰もがずっと元気でいられるとは限らないし、そういう可能性を無視し続けていると、すごく危険なんです。たとえば、いざ自分の視覚に障害が生じたときにその状況を受け入れられなくなってしまう。視覚に障害のある人に対するイメージを低く見積もっていると、自分が作ったイメージに負けちゃうんですよね。僕がニューヨークで会った全盲の大学院生は、博士課程をとったあとどうするのか聞いたら、「何しようかなあ、全盲でやれない仕事って一部をのぞいてもうほとんどないからね」って言ったんです。まだまだ社会の仕組み部分で解決していないこともありますが、目が見えなくてもやれることがたくさんあるという人生を知っておくことが大切なんです。

小田研究室が開発した、触覚でも読みやすいカタカナ書体「ForeFingerM」

ー障害がある一人ひとりはそれぞれ異なる個性を持っているにも関わらず、世の中のイメージが限定的であることも問題だと感じます。それゆえに、自分とは違うどこか遠い存在として捉えてしまう状況がありそうです。

小田:視覚障害のある人がメディアに出てくるとき、「かわいそうで頑張っている人」というふうに見せることがほとんどじゃないですか。あれは問題ですよね。障害がある人から「障害者だから頑張らなきゃいけないのかなあ」と言われたことがありますけど、そんなことはありません。障害の有無に関わらず、みんながみんな頑張りたいわけじゃないでしょう。頑張りたい人が、頑張れる時に頑張ればいいんです。みんなそうやって生きていけるようになるといいですね。人間みんな同じように幸せな人生を生きる権利を持っているんだから。

教育もコミュニケーションの一つであり、授業は一種のライブ

─東京女子大学で教員として過ごされるなかで、女子大という場での学びについて、先生がどのように考えていらっしゃるかもお伺いできたらと思っています。

小田:女子大ができた当時は、女性への高等教育が行われてなかった背景があったので重要な役割を果たしていたと思うんですけど、100年も経ってまだ女子大があるのはどうしてだろうと当初は思っていました。ただ、女子大の教育効果に関する研究を見ていくと、女性だけの環境の方が成績が伸びるという結果もあって。その理由の一つとして、共学ではたとえば「女子学生は数学や科学の能力が低い」といった性別のステレオタイプが表面化しやすいんです。女子大ではリーダーシップを磨きやすかったり、卒業生や先輩たちに多様なロールモデルが見つけやすかったりすることも大きなプラスですよね。そういった状況を知るにつれて、女性が不当な評価に晒されずに、自由に学べる場所が必要なんだと思うようになりました。でも、学生にはもっとのびのびしてほしいですけどね(笑)。

─そうなんですね(笑)。

小田:僕自身、学生の頃に大学で遊ばせてもらったことで伸びたという実感があるんです。それぞれの学生が何かしら関心を持ってることがあるはずだから、遊べる環境を用意して、自由に才能を伸ばしてもらえるようにしたいと思っています。やりたいことを教えてくれたら、僕が専門じゃないことでも一緒に文献を読んだり、人を紹介したりしますし。だから1年生には「大学にはいろんな設備があるから、教室に来るだけじゃなくて、学費を使い倒す気持ちで活用した方がいいよ」とよく言っているんです。最近の学生は忙しくてあんまり大学に溜まっている人がいないから、ちょっともったいないなと思うんですけどね。

研究室には学生たちとの写真や誕生日のお祝いメッセージなどがたくさん飾られています

─最近はSNSなどがある分、目に見えてわかりやすい今現在の「成果」のようなものが偏重されがちだと感じているのですが、研究や学びは、すぐに「成果」が見えなくとも、長い目で見て次世代の礎や一人ひとりの生きる糧になるものだと思います。先生は研究や学びの価値や意味について、どのように考えていらっしゃいますか。

小田:僕は大体30年くらい先を見て、今どうするかを考えないといけないなと思っているんです。どんな問題もそう簡単に解決しないじゃないですか。だから30年くらい先にどんな世の中になっているかを考えるんです。そう考えるとやれることがいっぱいあると思うんですよね。

─本当にそうですね。大学という場でコミュニケーションの研究に取り組まれるなかではどのようなことを感じていらっしゃいますか。

小田:教育もコミュニケーションの一つだと思っているんです。教育というのは、Aさんという人がBさんにメッセージを伝えるための場じゃないですか。でもコミュニケーションがうまくいっていないと、メッセージもうまく伝わらないはずでしょう。だから教育をうまくやりたかったら、コミュニケーションをどう作るかが重要なわけですよね。偉そうに前に立って、教科書通りに喋るのが教育だと教える側が思っていたら、うまくいかなくて当たり前じゃないですか。僕としても、学生が表情を固くして、ただただじっと座っておとなしくしているとつまらないわけですよね。授業というのは、双方向に参加する一種のライブのようなものだと思うんですよ。だからおもしろかったら笑ってもらいたいし、外したら次のやり方を考える。

─それって学生の側からすると実は驚きがあるのではないかと思いました。特に義務教育までの授業は、じっと黙って座って聞いていることを重んじられていた印象が強いですし、先生側もきっと同じことを何度も繰り返しているんだろうなあと思っていました。

小田:質問をもらえると、こっちにも新しい刺激があるんですよ。「今はそういう問題が起こっているのか」とか「その視点で考えたことがなかった」とかね。そういうことが起こると僕にも学びがあって、新しいネタができたり、研究の可能性が見えたりします。教える、教わるという関係は一方的なものではなく、コミュニケーションなんです。

─小田先生は、大学生活を通して学んだことを、卒業後どんなふうに活かしてほしいと思っていらっしゃいますか。

小田:あまり意識したことがないですけど、なんらかの形で人の役に立つことをしてほしいなと思います。自分が誰かのためになっていると思えることは、すごく幸せです。やり方はそれぞれだと思うから、会社でめざましい業績を上げるような形だけじゃなく、コミュニティのなかで貢献するのも大事なことだと感じます。まあでも、本人が幸せだったらなんでもいいかな(笑)。やっぱり生きててよかったなと思ってほしいので、楽しい人生を送ってもらうことが一番ですね。

コミュニケーションについて興味を持った方におすすめしたい本

『シリーズ心理学と仕事1 感覚・知覚心理学』(太田信夫・行場次朗編/北大路書房)

この本は硬そうにみえますが、高校生向に企画された本なのです。高校生がキャリアを考えながら心理学、とくに感覚知覚を勉強しようと考えた時にどういうキャリアがあるか、ということを集めた本なので。僕も1章を担当しています。 

『渡辺荘の宇宙人 指点字で交信する日々』(福島智著/素朴社)

この本は、感覚障害と人間の関係を理解するのにとても優れた本だと思います。福島さんの口調はとても楽しい。
小田浩一
東京女子大学 現代教養学部 心理・コミュニケーション学科 コミュニケーション専攻 教授(取材時)

コミュニケーションを人間の感覚・知覚・認知から基礎的&応用的に研究。コミュニケーション専攻では、「デザインの心理学(視覚)」「コミュニケーション研究法実習(実験)」などを担当。ロービジョンや視覚障害に関する研究を行い、研究室にとどまらず病院や学校・企業などとの共同研究を通して、実社会で役立つような研究を試みている。

スタッフ

Interviewer・Writer:
松井友里
Photographer:
吉田周平
Editor:
野村由芽