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東京女子大学

ゼミの小窓 Vol.2

東京女子大学では多数の教員がさまざまな分野の研究活動を行っています。
各教員が語る「ゼミの小窓」を通して、研究内容の例をご紹介します。
※本記事は東京女子大学広報誌『VERA』連載の教員コラム「ゼミの小窓」を再構成したものです。

第3回 / 偶然性の中にひそむ法則-数学専攻 竹内ゼミ

身近に登場する確率

数学では、一度正しいことが証明された定理は、この先もずっと変わらず正しいままです。その定理の中には非常に美しいものがたくさんあり、多くの人は魅了され、そして未解決な問題に挑む原動力となっています。その中で、私は確率論を研究しています。確率は身近なところでよく登場します。サイコロ投げ、コイン投げ、勝率など、実に多くあります。数学における確率論の起源は、17世紀のパスカルとフェルマーによる、賭金の公平な分配の問題に関する往復書簡と言われています。

時間と共に変化するランダムな現象の数学モデルは確率過程と呼ばれており、今日の確率論の研究の中心をなすものの一つです。例えば、数直線上のある点に今、私たちがいるものとします。そこからコインを投げて、左右のどちらに進むかを決めることで、数直線上をジグザグに動く、ランダムウォークと呼ばれる一つの確率過程(図1)が得られます。
  • 図1:ランダムウォーク

ここで、コインを投げる時間間隔とランダムウォークの歩幅についてスケール変換を行うと、時刻について連続な確率過程(図2)が得られます。
  • 図2:ブラウン運動

これはブラウン運動と呼ばれるもので、植物学者ブラウンにより1828年に発見され、1905年にアインシュタインによる物理的な考察を経て、1923年にウィーナーが数学的な定式化を与えました。

ランダムな現象の考察

確率論の大きなテーマとして、偶然現象を支配する確率分布を調べることが挙げられます。ブラウン運動のように、時刻に関して連続な確率過程に対する研究は盛んに行われています。その一方で、私は「ジャンプ型確率過程」について研究しています。時間と共に連続的に現象は変化するものとして考えるのが最も自然ですが、何らかの影響が入ることで急激に状態が変化することも、実際によくある話です。例えば、株価の変動モデルを考えたとき、自然災害やさまざまな経済的要因などにより、急激に価格が変動します。これはマクロな立場で見れば、経路に不連続性(ジャンプ)が加わったものと理解することができます。このようなジャンプ型確率過程について、確率分布の性質を色々な角度から調べており、数理ファイナンスへの応用、物理学で登場する方程式の確率論的な考察などに、日々取り組んでいます。

入門コンテンツ

A. Kohatsu-Higa and A. Takeuchi:
Jump SDEs and the Study of Their Densities
- A Self-Study Book- Springer, 2019.

状態が時間について急激に変化するような数理モデルは、ジャンプ型確率過程によって記述される。その確率過程に関する確率分布のさまざまな性質について、最近の研究結果も織り交ぜて、マリアヴァン解析の立場から考察した。
  • 竹内 敦司

    数理科学科 数学専攻 教授
    大阪府出身。大阪市立大学理学部数学科を卒業、同大学院理学研究科前期博士課程・後期博士課程を修了。博士(理学)。大阪市立大学大学院理学研究科准教授を経て、現職。

第4回 / 五感の結びつきを実験で探る-心理学専攻 田中章浩ゼミ

多感覚コミュニケーション

私の専門は認知心理学です。あえて文系・理系という言い方をするなら、こころという文系のトピックに、実験という理系のアプローチで迫ろうとする学問です。

誰かと会話するときには、相手の言葉だけではなく、顔の表情、声色、ジェスチャー、タッチなど五感を通して得られるさまざまな情報を利用して感情を読み取ることで、円滑なコミュニケーションが実現しています。私自身はこうした「多感覚コミュニケーション」を支えるこころの働きについて、研究員や大学院生と一緒に研究に励んでいます。卒論生には「実験さえすれば何をテーマにしてもいいよ」と伝えているので、学部のゼミ生たちは音楽・感情・色彩・顔・記憶・自己など、各々の関心のあるテーマに取り組んでいます。
  • 日本科学未来館で来館者向けにトークをしている様子

声を読む日本人、顔を読む欧米人

これまでの研究では、相手の顔や声のどの特徴に注意を向けるか、そして五感の情報が脳の中でどのように統合されるかには個人差や文化差があって、日本人はオランダなどの欧米諸国の人たちと比べて声に対する優位性が高いことを発見しました。最近は日本科学未来館で来館者に実験に参加していただいて、貴重な親子連れのデータを収集しています。科学館での国際比較実験からは、日本でもオランダでも5、6歳の子どもは顔から相手の感情を判断するけれども、日本の子どもは小学生の時期に急速に声優位に変化していくことを見いだしました。

なぜ日本人は声優位に相手の感情を読み取る傾向にあるのか、その原因を解明するのは容易ではありませんが、歴史、社会、文化、言語などさまざまな視点から読み解いていこうと悪戦苦闘中です。本学は同じ学部の中にさまざまな分野の専門家がそろっているので、ぜひいろいろな視点からの意見をうかがいたいと思っています。

2020年からのコロナ禍では、マスクの日常的な着用やZoomでのコミュニケーションなどによって、言葉や感情を読み取る際の五感のバランスが変化しつつあるかもしれません。こうした変化を調べることを通して、人間がいつもと異なる環境に置かれたときの再適応過程についても理解を深めていきたいと考えています。
  • アンドロイド研究の第一人者で ある大阪大学・石黒浩先生との オンライン対談

ゼミの小物

ヴァーチャル・リアリティを用いて、視覚・聴覚・触覚にある種の刺激を与えると、「体外離脱」した感覚が得られることを検証するための実験風景。実験ではあえて人工的な環境を作り出して人間のこころに揺さぶりをかけて、そのときの行動反応、そしてときには脳活動や生理反応も測定して、人間のこころの一端を探っていきます。
  • 田中 章浩

    心理・コミュニケーション学科 心理学専攻 教授
    1975年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(心理学)。東北大学電気通信研究所、日本学術振興会海外特別研究員(Tilburg University)、早稲田大学高等研究所等を経て、現職。日本科学未来館コミュニケーション・サイエンス・プロジェクト主宰。

第5回 / 英国近代の「フェアリー・テイル」、ウォルター・スコットとスコットランド-国際英語専攻 吉野ゼミ

本学ともゆかりのある都市エディンバラを擁するスコットランド(1910年にエディンバラで開催された世界宣教会議が本学設立の原点となった—本学公式サイトより)。18-19世紀初頭には啓蒙思想の輝きとともにヨーロッパ有数の近代知の拠点となると同時に、グリム兄弟によるドイツ民話の蒐集にも影響を及ぼした口承伝統のバラッド蒐集が進展する等、「前近代」への関心も高まるなかで、現在の英国の原型となる近代国家の形成とあいまって国民文化、伝統文化の模索や(再)定義が葛藤とともに展開した場ともなりました。

時の流れとともに変わりゆく目前の風景を、鋭く見つめた結果としての「近代」と「前近代」、そして「文字」と「口誦」の交錯は、治安判事の業務の合間に赴任地セルカーク周辺に伝わるバラッド蒐集に熱中した後、詩人、小説家となったウォルター・スコットや、幼少期から身近でうたわれるバラッドに親しんだ「エトリックの羊飼い」ジェイムズ・ホッグの実験性あふれる詩や歴史小説などに、特に認められます。両者は、中世から現代にいたるブリテン諸島におけるフェアリー・テイルの創造と再創造の歴史の上でも、独特の位置にたたずんでいます。彼らが蒐集したバラッドや、彼ら自身が創作した詩や小説に描き出された妖精像は、近代化によって「失われつつある」と知覚されていた風景や言葉を前に、前近代に由来する伝統文化の希求や憧憬、王国から英国内の一地域へと変貌を遂げたスコットランドがどうあるべきかという問題をめぐる模索や葛藤の痕跡をにじませています。
  • ハイランドの自然と歴史はロマン派の想像力の源泉ともなった

のちにヴィクトリア朝期、英国ではフェアリー・テイルの空前の流行が起こりました。グリム兄弟編『ドイツ民話集』の英語訳が人気を博し続け、大英帝国内外の多様な地域の民話も蒐集され、アンドルー・ラング編『青色の童話集』や、アイルランドではW.B.イエイツ編『アイルランド農民の妖精物語と民話集』等が、時にコスモポリタン的な、あるいはナショナリスト的な関心とともに続々と刊行されました。近代英国で(再)創造された妖精をめぐる物語群には、ラングやG.マクドナルド等のスコットランド出身の文人が多く関わっていますが、彼らの作品をひもとくと、必ずウォルター・スコットにたどり着くといわれています。

卒業論文紹介

4年次のゼミでは、イギリスおよび関連の深い地域の文学・文化について、各自が自由に設定したテーマで研究をすすめています。はるか遠くの時空に由来し、必ずしも現代の言葉でわかりやすく書かれているわけではありませんが、どこかで現在の私たちとも関わりのあるような、さまざまな英語文献資料を読み解き、卒業論文を完成させます。近年の題目例は下記のとおりです。

「シェイクスピア『夏の夜の夢』の妖精パックとアーサー王伝説のマーリンの比較研究」
「シェイクスピア『テンペスト』のロマン派期音楽における受容」
「ワーズワスと湖水地方」
「『不思議の国のアリス』と時間・成長」
「『不思議の国のアリス』と言葉遊び」
「『ピーター・パン』のネヴァーランドと都市ロンドン」 ほか

入門コンテンツ

『スコットランド文学の深層 -場所・言語・想像力』 (春風社、2020年)
木村 正俊 編

『オシアン詩』以降のスコットランド文学史を俯瞰する構成で、R.バーンズ、R.L.スティーヴンソン、J.M.バリ、ラフカディオ・ハーン論も収録。歴史小説、バラッド、ケルト文化に現代のグラスゴー、捏造された伝説も交錯するスコットランド文学の魅力と諸相を掘り下げる。
  • 吉野 由起

    国際英語学科 国際英語専攻 准教授
    東京大学文学部卒業。同大学院人文社会系研究科修士課程修了。英国University of Edinburgh 博士課程修了、PhD(English Literature)。三重大学人文学部准教授を経て現職。